315.追い風に乗って
氷竜の記憶に頼ることを止め、一から学び直し始めたリエティールは、初めこそやはり上手くいかないことが続いたものの、基本を身につけた後の上達速度は目覚ましかった。
飛びながらある程度の移動ができるようになると、そこから上昇や下降、旋回や滞空など様々な技術を次々に身につけていき、ロエトの追い風を受けての高速飛行もこなせるようになっていた。更に、武器を手にしての空中戦の練習を天竜と行い、昼が過ぎる頃には天竜もその上達ぶりに満足げに頷いていた。
『それだけ飛べれば十分よ。 こんな短時間でよく頑張ったわね』
そう言い、天竜は翼を使ってリエティールの頭を優しく撫でた。リエティールはくすぐったそうにしながらも、
「あなたのおかげだよ」
と感謝を述べた。続けて傍で嬉しそうに見守っていたロエトに顔を向けて、
「ロエトもありがとう」
と言うと、ロエトは頷きつつその尾を左右に大きく振っていた。
練習を終えて休憩をしていると、天竜はリエティールにこう話しかけた。
『そうそう、モルトスレームは元気だった?』
そう問いかけられ、リエティールは海竜が天竜と同時期に生まれたというようなことを言っていたのを思い出した。
「うん。 戦いも凄く激しかった」
戦った時のことを思い出しつつ、リエティールがそう答えると、天竜は「それはよかったわ」と答えつつ、懐かしむように目を細めて話した。
『ドラジルブとナクロヴと違って、私たちは会えないわけじゃないの。 私の方が海の方へ飛んで近づけば簡単に念話で会話できるしね。
生まれたばかりの頃はまだ勝手がわからなくて不安なこともあって、でも100年も先に生まれたドラジルブやナクロヴに会いに行くのはちょっと怖くて、モルトスレームとよく会話してたの。あんまり住み家を離れるのは良くないって最近は理解してるから、会いに行くのは控えてるんだけどね。 あの頃はちゃんと理解してなくて、よく嵐を作っちゃって怒られてたわ。
モルトスレームも寝相が悪くて大渦を作っちゃうことがあったんだけど……これ、聞いた?』
その問いかけにリエティールが頷くと、天竜はおかしそうに笑った。
『渦巻く大波なんて名前だからそうなっちゃうのよ』
少しからかうように天竜はそう言った。そんな天竜の言葉に、リエティールには『そういう君は気まぐれな気流じゃないか』という海竜の突込みが聞こえてきたような気がしていた。
そんな話をしてから、天竜はぱっと話を切り替えてこう口にした。
『まだ日が沈むには時間があるし、リエティールは今日の夜は人里で休めそうね』
その言葉にリエティールは小さく驚きを顔に表しながら問いかけた。
「この近くに人が住んでるところがあるんですか?」
ここは山脈の中であり、北も南もまだ山々が続く。そんな険しい大自然の中にまさか人が住んでいる場所があるとは、リエティールは思ってもいなかった。
ここへ向かう前に見た看板をよく見れば気が付いたのかもしれないが、天竜の禁足地の道ばかりを気にしていたためにさらに南部の詳細はよく見ていなかった。
そんな彼女の問いに天竜は頷いて、それから少し考えるそぶりを見せながら答えた。
『ええと、たしか……そう、ウチカって名前の国だったわ。 凄く小さいけれど、立派な一つの国よ。
独特な文化を持っているけれど、皆優しくてよそから来た人にも親切にしてくれるし、問題なく泊まれると思うわ』
「ウチカ……? ……あっ!」
天竜が口にした国の名前にどこか聞き覚えがあると思ったリエティールは、少し悩んでから思い出した。
ウチカとは、クシルブから旅立つ時にイップから聞いていた、オルがあるという国の名前であった。気にはなっていたのだが、他に名前を聞く機会もなく詳細な場所もわかっていなかったため忘れてしまっていたのだ。
イップによれば「大陸の真ん中より南」ということだったため、この辺りにあってもおかしくはないだろう。
「行ってみたい! ロエトも、それでいいよね?」
思い出すと俄然興味がわいてきたリエティールは目を輝かせながらそう言った。ロエトもリエティールが楽しそうにしている様子を見て迷うことなく頷いた。
その反応を見た天竜も『決まりね』と言って詳細を話し始めた。
『今まで行き来してた人間の速度を考えると、歩いていくと結構時間がかかると思うし、ここは練習もかねて飛んでいくのがいいと思うわ。
私が追い風を吹かせてあげるし、誰かから見られないように一時的に霧をかけてあげる。 そうしたら風に乗ってまっすぐ飛んでいって、風がやんだら地上に降りてまっすぐ進めばいいわ』
天竜の提案にリエティールは再び感謝を伝えると、早速、と準備を始める天竜に「あ、それと」と付け足すように声をかけた。
「恥ずかしいから、そこについたら気配を辿るのはやめてほしいの……」
リエティールのその言葉に天竜は、
『ええっ? うーん……貴方のことを辿るのは最近の楽しみだったんだけど、本人にそう嫌がられちゃったら……仕方ないわよね。 わかったわ、また別の面白そうな誰かを探すことにするわ』
と渋々ながら了承した。言い忘れなくてよかった、とリエティールはほっと息をついた。そして、次の観察対象に心の中で申し訳なさを感じた。
その後、天竜はウチカの方角へと風を吹かせ、周囲に霧を作り出した。真っ白で少し先も見えないほど濃い霧であったが、風はまっすぐ吹いており見えない道がしっかりそこに作られたいた。
「それじゃあ、行くね」
『うん、いってらっしゃい。 ナクロヴはきっと手強いけど、頑張ってね!』
天竜に見送られ、リエティールとロエトは同時に飛び立った。激励するように背中を押す風に乗り、二人は霧の中をまっすぐに飛んでいった。




