310.上昇
砂嵐の中、天竜が仕掛けるよりも先にリエティール達が動いた。
ロエトがまっすぐに突撃し、その勢いに乗せてリエティールは槍と、複数の氷の鏃を繰り出す。
それに対して天竜は雷撃を打ち出して迎撃する。氷と触れた雷撃は激しく放電して相殺しあい、槍に触れたものも同様に大きな音を立てて弾けると、貫くことを許さずに弾き返した。
反動でのけぞるリエティールを落とさないようにロエトが魔法で支えながら後ろに下がると、今度は天竜が攻撃を放つ。左右から同時に放たれた雷撃は、砂の合間を縫うようにジグザグと動きながら、猛スピードでリエティールを狙う。
逃げるようにロエトが後方へ駆けている間に反動から立ち直ったリエティールが氷の盾でそれを防ぐ。そしてお返しとばかりに複数の氷の礫を同じように異なる方向から天竜目掛けて飛ばす。だがやはり、天竜は的確にそれを撃ち落とした。
続けて天竜は急接近し、広げた翼でリエティールを狙う。リエティールは槍の柄でそれを受け止め攻撃を逸らすが、振りぬいた勢いのまま天竜は再び尾で薙ぎ払う。
「ホロッ……!」
尾の一撃はリエティールではなくロエトを狙ったもので、ロエトは寸前で気が付いて避けようとしたものの、避けきれずに胸に一撃を受けて呻き声を漏らした。
「大丈夫?」
「フルルッ!」
リエティールが声をかけると、ロエトは力強く頷き返す。そして飛んできた追撃の風の刃を冷静に迎撃して見せた。それを見てリエティールは安心し、天竜の方へと意識を向け直す。
その後も、リエティールとロエト、天竜との攻撃の激しい応酬が繰り返される。竜巻の中で雷と風、氷が乱れ飛び交い、時折お互いに喰らい、傷を増やしながら戦いは続いたが、決定打を打つことができずにいるリエティールは頭を悩ませていた。
「天竜は楽しそうだけど、このままじゃ体力勝負で私たちの方が不利だよね……」
『うむ……』
まだ体力に余裕があるとはいえども、このまま長引けば先に倒れるのは間違いなくリエティール達の方であろう。今は楽しんでいる天竜も、じわじわと削りあう地味な決着がついてしまうとなれば不満を感じる可能性がある。何より、海竜の時と続けて敗北のまま戦いが終わってしまうことに対して、リエティールが納得できない。
「天竜の動きを止める……ううん、鈍らせるだけでも……何か方法は……」
襲い来る雷撃を受け止めながら、リエティールは何か方法はないかと思考を巡らせていた。
過去の経験にヒントが無いかと記憶をさかのぼり、そして、
「……そうだ!」
一つの方法に思い当たり、ロエトに声をかける。
「ロエト、天竜の風のバリアを打ち消せない? 少しの間だけでもいいから」
その問いにロエトは難しそうに悩むが、
『うう、む……接近すれば、数秒程度は可能かもしれないが……それでもよいならやってみよう』
とリエティールの作戦に意欲を見せる。
「十分だよ、お願い!」
リエティールの言葉にロエトは了承の意を示すと、天竜の攻撃を掻い潜りながら、天竜を覆う魔力の流れをよく観察し、それから一気に距離を詰める。その際、天竜に意図を気が付かれないようにリエティールは槍を構えて攻撃姿勢を示し、天竜の意識を自分にだけ向けるように誘った。
戦闘の高揚感に支配されている天竜はその作戦に見事に嵌り、リエティールへの迎撃態勢を取る。リエティールも、ロエトの魔法がうまく発動するギリギリまで、攻撃の構えを解かずにその瞬間を待った。
「ホロロロッ!!」
気合を込めた雄叫びの直後、ロエトから激しい風が放たれ、天竜を包み込むように襲い掛かった。風の刃のような攻撃力は持たないが、その風は見事に天竜を覆う風のバリアに逆らうように吹き荒び、守りを破ることに成功した。
『なっ……!』
完全に不意を突かれた天竜が驚きの声を上げ、砂嵐に晒される。慌てて風のバリアを修復しようとするが、その僅かな隙をついてリエティールのさらなる追撃が天竜を襲った。
「はあぁっ!!」
瞬間、リエティールの周囲に大量の雪がブワッと広がるように放たれ、砂嵐に混ざって吹雪となり天竜を襲った。リエティールの狙いはただ砂嵐に晒すだけではなく、この吹雪を天竜に喰らわせることであった。
とめどなく生み出された大量の雪は風に乗って天竜の体、翼に吸い込まれるように付着する。天竜が再び風で自身を覆うまでの短い間に、雪はべったりと張り付いて大部分を覆いつくしていた。重く、そして冷たい雪に、天竜は表情をもどかしく苦し気に歪めた。
「今っ! ロエト、上に飛んで! この竜巻を抜けるの!」
天竜より先に行動を起こせる今この瞬間だけがチャンスだと、リエティールは叫んでそう指示する。ロエトも聞き返すことなく、すぐさま指示に従って上へと全速力で上昇する。
『待ちなさい……っ!』
天竜はすぐさま体の雪を振り払い、冷えて動きの鈍った翼を強引に羽ばたかせて後を追って上昇する。最高速度は確実に天竜の方が速いが、ここまでのタイムラグと、冷えた翼ですぐに最高速度が出せないことから、追いつくまでに時間がかかるだろうと判断し、天竜は途中で囲んでいた竜巻を消すことにした。
だが、それによって状況が変化したところで、リエティールの狙いが失敗することはなかった。
『くうっ……!?』
見上げた天竜の目に入ってきたのは、燦然と輝く太陽の光と、それを背に飛ぶロエトのシルエットであった。




