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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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305.戦いの準備

 翌朝、日の光に照らされてリエティールは眠りから覚めた。小さく唸り声をあげながら、ロエトの背中を押してゆっくりと身を起こす。それに気が付いたロエトもつられて目を覚ます。

 眠い目をこすり欠伸をして、ぼんやりとしたまま周囲を見回す。頭がまだ回っていない様子で、今の状況を理解するまで少し時間がかかりそうな様子であった。

 そんな彼女の目を覚ますように、快活で透き通った声の念話が響いた。


『起きたのね、おはよう』


 それを聞いて、リエティールははっと、自分が天竜イクス・ノガード禁足地オバトにたどり着いていたことを思い出す。

 開ききっていなかった目もすっかり開き、まだ完全に起こせていなかった身をしっかりと起こして立ち上がり、天竜がいる方へと振り返る。


「わっ……!」


 そこにいた天竜を見たリエティールは、その姿に思わず驚きの声を上げた。遅れて起き上がったロエトも同様に、天竜の姿に驚きの表情を浮かべていた。

 そんな彼女たちの反応を見て、天竜は一体どうしたのだろうかと言うように首をかしげたが、少し間を開けて理解し、そして小さく笑っていった。


『そっか、驚いてるのね。 誰かに会うなんて全然なかったからそういう反応を見るの、新鮮だわ!』


 そう言って楽しそうに、天竜は翼を広げて動かして見せた。朝日を浴びてキラキラと輝くその翼は、朝の空と同じ淡い青色をしていた。昨晩の、ロエトと似た夜空の色ではなくなっていたのだ。


『ちなみにこれは魔法とかじゃなくて、私の特性? みたいなものよ。 空と同じ色になるの、素敵でしょ?』


 ニコニコと自慢げに語る天竜に対して、リエティールとロエトは未だに驚いたまま固まっていた。驚きながらリエティールは、いつか本で読んだ時に天竜の体の色が文献によってまちまちだとされていた理由はこれのせいだったのかと納得する。

 そんな彼女たちに天竜は近づいて、翼の先でリエティールの額を小さく小突いた。それでようやく正気に戻ったリエティールは慌てて、


「ご、ごめんなさい。 全然違ったからびっくりして、つい……」


と言うが、天竜はひらりと身を翻して再びもとに位置に戻ると、


『気にしてないから謝ることないわ。 それに、見とれられるっていうのも悪い気はしないわね』


と言った。

 少し恥ずかしそうにしながらも、リエティールとロエトは笑顔の天竜に見守られながら簡単に朝食を取った。

 その後、暫し満悦の笑みを浮かべていた天竜であったが、その表情を真面目なものにすると、リエティールに正面から向き合ってこう言った。


『さて、そろそろ準備をしないとね』


 いよいよだ。と、リエティールも真剣な目で天竜を見て頷いた。ロエトもその隣で気を張り詰めさせている。


『それで、「誓約エグデル」だけど……私はモルトスレームみたいに水は作れないから、貴方が先にやってくれる?

 ほら、岩を削って用意しておいたの。 これを使って』


 そう言うと、天竜はすぐ近くにある岩を示した。その岩の上には、鉢の形に削られた大きな石が乗せられていた。その中に水を入れろということだ。

 リエティールは頷いて了承すると岩に近づき、その上に拳大の氷の塊を作り出す。込めた魔力は海竜の時と同程度だ。

 それを溶かしていき、水となった氷は一滴ずつ石の器の中に落ちて溜まっていく。やがて全ての氷が水となると、リエティールはそこから離れ、今度は天竜が歩み寄る。


『これ、やるのは初めてなんだけど……上手くできるかしら?』


 そんなことを言いながら、天竜は水を見ながら魔力を混ぜようと試みる。

 風という性質上それは不可視であり、リエティールやロエトもなんとなくそこに魔力があるという程度しか感じ取ることはできなかったが、溜まった水に変化が現れ始めるとようやく確かにそこに風が存在していることが分かる。


『うーん、こうすればちゃんと混ざるかしら?』


 水面が激しく波立つ様子を見つめながら、呟きつつ試行錯誤をする天竜。すると徐々に水面の様子が変化し、波立っていたのが泡立ちに変化する。パチパチと小さな音を立てながら風が水の中に入ってゆき、その泡立ちが収まったところで天竜は満足げに頷いた。


『ふう、なんとかできたみたい。 ほら、見て』


 天竜に促され、リエティールは近づいて水を覗き込む。その水は一見、白く濁っているように見えたが、更に顔を近づけてよく見ると、その濁りの正体は非常に細かい泡であることがかろうじて確認できる。天竜の魔力が込められた風はこの泡になり、弾けることも合わさることもなく、リエティールの作った水の中に留まっていた。


『先にどうぞ』


 そう言われ、リエティールは石の器を持ち上げ、そっと口をつけて傾ける。口に入れてからも小さな泡は潰れることなく、体の奥へと流れゆっくりと染み込んでいった。

 半分ほど飲んだところでリエティールは飲むのを止めた。ふう、と一息ついたところで、器を岩の上に戻そうとすると、天竜はそれを止めて、そして少し照れた様子ではにかみながら言った。


『あー……私、器が持てないから貴方に飲ませてもらいたいんだけど……お願いするわね?』


「え、あ……う、うん」


 腕がなく、翼では器を持つことができない。すぐに理由を悟ったリエティールは器を再びもって天竜に近づく。天竜は身を低くして上を向き、口を開いた。リエティールはそっと器を傾けて、ゆっくりと水を口の中へ流し込む。

 そんな少し滑稽な手順を経て、両者は無事に誓約を済ませるのであった。

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