304.天竜タミルク
すっかり日が暮れた夜の闇の中で、燦爛と輝く太陽のような瞳がまっすぐにリエティールを見つめていた。その陰りのない澄み切った光の奥からは、得も言われぬ強さが感じ取られた。リエティールは思わず息を呑んだ。
「あなたが……天竜……?」
『ええ、そうよ』
緊張しながら口を開いたリエティールの問いに、天竜はあっけらかんとそう答える。そこに緊張感は微塵も感じられず、まるで気の知れた友人とでも話すかのように自然に微笑むその様は、親しみを覚える反面、強者の威厳も含んでいた。
天竜はリラックスしていた姿勢を正しリエティールに向き直ると、やはり自然な笑みを浮かべてこう言った。
『私は天竜タミルク。 貴方のことは知っているわ、リエティール。 ドラジルブの跡継ぎで、人間でありながら私たちと同じ力を秘めた存在。
貴方のことを知ってから、会えるのをずっと楽しみにしてたのよ』
ふふ、と小さく笑う天竜の様子から、その言葉に嘘偽りがないことがはっきりとわかる。そんな天竜にリエティールは問いかけた。
「あなたも海竜みたいに、私のことをずっと追いかけてたんですか?」
それに対して、天竜は全く悪びれた様子もなく頷いて肯定した。
『ええ、だって貴方は凄く変わった子だから、いつここに来てくれるのか気になったんだもの。 風が届くところなら、どこだって気配を辿ることができるのよ。 凄いでしょ?
道中で、そっちの子と行動するようになったことも知ってたわよ。 いいパートナーみたいね。 ええと、名前は何ていうのかしら?』
やっぱり、と若干うんざりした表情を浮かべるリエティールを横目に、天竜はその目をロエトの方に向けた。向けられたロエトはビクッと体を大きく跳ねさせ、数度口をパクパクとさせた後、かろうじて言葉を捻り出した。
『ロ、ロエトと申します、天竜様……』
リエティールとはまた比べ物にならない程カチカチに固まっているロエトを見て、天竜は耐えられないというように笑った。
『あはは、そんなに緊張しなくていいのよ? リエティールもね。 海竜と同じように、私に敬語は要らないわ。 もっと気を楽にして』
その言葉にリエティールはぎこちなくも頷くが、ロエトはとんでもないというように目を見開いて完全に停止してしまった。そして暫く絶句した後慌てて、
『それはできません!』
と答える。すると、天竜はいたずらっぽい表情をして、
『あれ、それじゃ貴方はリエティールにも敬語で話してるの?』
と問いかけた。するとロエトは唸り声をあげて言葉を詰まらせた。
リエティールの望みは受け入れ、最初こそぎこちなかったものの、今ではかなり自然に敬語抜きで話せるようになっていた。勿論抵抗はあったものの、リエティールは自分の恩人であり、かつ自分の望みとの交換条件のようなものであったが故に、悩んだ末受け入れた。
だが、今回は違う。リエティールには悪いが、天竜は未熟な後継者とは違う、真の古種である。それに、今回は何かとの交換条件であったりするわけでもない。それ故に、ロエトには簡単に受け入れられないものであった。
険しい顔で悩み続けるロエトを見て天竜は、
『うーん、そんなに悩んじゃうのね……なんだか可哀そうだし、まあ無理強いはしないであげる。
でも、いざ戦う時に緊張して本気が出せない、とかは無しよ?』
と結論を出した。それを聞いたロエトはあからさまにほっとした表情を浮かべて『はい!』と力強く返事をした。
そのやり取りを横で聞いていたリエティールは、ロエトの中で自分と天竜の間にある差をなんとなく感じとり、自分の未熟さに悲しむべきか、ロエトとの距離が近いことに喜ぶべきか、複雑な気持ちになっていた。
「……それで、戦いは……」
気を取り直すように首を横に振ってから、リエティールはそう口にしたが、遮るように天竜が言った。
『ちょっと、すぐに戦おうってつもりなの? 貴方達、疲れてるでしょ? ここに来るのが大変なのは私だってよくわかってるし、それに真っ暗だから戦いづらいでしょ?
だから今日はもう寝て、明日起きてからにしましょ』
確かにここに来るまで、特にロエトは魔力も多く消費し、肉体的にも体力を消耗していた。回復速度が速いとはいえリエティールも万全の状態とは言えない。やる気はあったリエティール達ではあったが、せっかくの天竜の気遣いを無下にするのもよくないと考え、言葉に甘えることにした。
『岩しかなくてごめんなさいね。 ここ植物が一本も生えないのよ』
その言葉通り、この場所には岩しか存在しない。だがリエティールはロエトに寄りかかれば問題ないと、天竜の気遣いに感謝をしてから寝る体勢に入った。そんな彼女を見て、天竜は『逞しいのね』と小さく呟いてから、静かに眠りについた。




