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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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301.不器用な頑なさ

 道に入ってからロエトはフローの姿になると、リエティールの先導をするように歩き始めた。

 手入れもされていない道、それ故に勿論のこと、魔操種シガム避けが焚かれているはずの灯篭も放置されており、燃え残りすら風にさらわれて残っていない。すると当然魔操種は何の抵抗もなしにそこへ侵入することができる。


「ガアアッ!」

「ホロロッ!」


 道の上で偶然鉢合わせた魔操種がリエティールの姿を見て襲い掛かってくると、ロエトがそれに応戦する。

 魔操種が噛みつこうと口を開き牙を剥き出しにして吠えると、ロエトは風を纏い速度を上げて突進する。反応できずに吹き飛ばされた魔操種に対してロエトは畳みかけるように追撃を仕掛け、あっという間に仕留めてしまった。


「大丈夫? 怪我してない?」


「フルゥ」


 後から駆け寄ってきたリエティールはロエトにそう声をかけ、平気そうに頷くのを見てから魔操種に近づく。ロエトの爪が喉元に命中していた魔操種は完全に息絶えており、それを確認してリエティールはその亡骸を回収した。


「ロエト、無理しないでね。 私だって戦えるんだから」


 この道を歩き始めてから数度、魔操種と遭遇しているが、そのどれにおいてもロエトは率先して攻撃を行っていた。その姿は頼もしく見えれど、同時にどこか焦りも見えており、リエティールは心配していた。

 だが、ロエトは首を横に振る。


『これから大切な戦いが待っているのだろう。 私も強くならなければならない。 リーばかりに負担をかけさせるわけにはいかない、安心して先に進めるように努めるだけだ』


 そう返事をし、頑なに先を譲らず歩き出すロエトの背を、リエティールはかける言葉を見つけることができないまま追うことしかできなかった。

 その後も、イクス属性の魔操種やハトレ属性の魔操種など、様々な魔操種に何度か遭遇するも、応戦するのはロエトばかりで、リエティールはその後ろで身を守りながら様子を見ていることしかできなかった。

 自分のことを思ってしてくれていることに、本人が大丈夫だと言い続けるがために、無理矢理やめさせることもできず、怪我をしていないか確認しねぎらいの言葉をかけるので精一杯であった。


 天竜イクス・ノガード禁足地オバトに辿り着かないまま、山間から差し込む光が傾き始め、やがて空がオレンジ色に染まりだし、リエティール達は岩陰に身を潜めて夜を過ごすことにした。

 薪を用意して火を起こし小さな焚火を作り、手ごろな肉を焼いて食べ、水を飲んで一息つく。

 リエティールは伏せているロエトの背にそっと寄りかかる。体勢はリラックスしているのだが、ロエトはずっと周囲を警戒し、気を張り詰めさせていた。金色の目を光らせて見渡し、耳をピンと立ててせわしなく音を聞き続けている。


「……ロエト」


 優しく抱きしめるような体制でロエトの背に身を預けながら、リエティールは小さな声で名前を呼んだ。ロエトは何事かと言うように顔をそちらへ向ける。リエティールはその目をまっすぐ見つめながら言葉を続けた。


「あなたの気持ちは分かるよ。 早く強くなりたくて、役に立ちたいって、そう思ってるんでしょ?

 私も、同じだから……でも、無理はしちゃダメなんだよ。 ちゃんと、ちゃんとゆっくり、一つずつ丁寧にやらないと……。

 だから、今夜の見張りを一人でやろうとなんかしないで。 私もやるから、ね?」


 それを聞いたロエトは目を細め、優しい眼差しでリエティールを見つめた後、


『……そうか』


と呟いた。リエティールが分かってもらえたのだろうかとその顔を見つめ続けていると、不意に大きな尾がその体を覆うように被さり、頬を柔らかなそよ風が撫でた。


『今は眠っていてほしい。 時が来れば起こそう』


 その言葉に、リエティールは渋々と言った形で頷いた。ちゃんと平等な時間で交代してくれるのかという心配はあったが、今はロエトのことを信じようと決めたのだ。

 柔らかな黒い羽毛にうずもれるようにもたれかかり、ぼうっと遠くの空を見ながらじっとしている。やがて柔らかな感触に包まれながら、リエティールは自然と目を閉じて寝息を立て始めた。

 眠ったのを確認したロエトは、その顔を申し訳なさそうなものに変え、静かに囁いた。


『すみません、無力な自分を変えたいのです。 どうか、この我儘をお許しください』


 焚火の弾ける音と、吹き抜ける山風の音、そして小さな寝息だけが聞こえてくる山道で、ロエトは夜が明けるまでずっと眠ることはなかった。


 翌朝、ロエトの声掛けにより目を覚ましたリエティールは、辺りがすっかり明るくなっているのを見て声を荒げた。


「ロエト! どうして……!」


 嘘をつかれた、と憤るリエティールに対して、ロエトは何も動揺することなく答える。


『時が来れば起こすと、そう言っただけだ』


「そうじゃなくて! ……もう!」


 ロエトは決して嘘をついてはいなかったと認識すると、リエティールは怒りをぶつける先を失い、言葉を続けることができなくなった。

 納得いかずにもやもやとした気持ちを抱きながらも、朝食をとって再び歩き出す。やはりロエトは先を譲らず、リエティールは後ろをついていくだけであった。

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