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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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29.ある王の苦悩

「王様、先日の声についての調査結果のご報告に参りました」


「入れ」


 その言葉の後に、荘厳な扉が開かれ、一人の恭しく頭を下げた男が現れる。それから男は頭を上げると、執務椅子に鎮座する王の前へ歩み出て、それでは、と前置きをして報告書を読み上げる。


「先日の謎の声について、各町に住む領主の下へ確認の伝書鳥レットディルブを送りましたところ、一羽を除き全ての町から異常無しとの返信が戻ってきました」


 その言葉に王の片眉がピクリと上がる。


「一羽を除き? では、異常のある地点が見つかったということだな?」


 王の言葉に男は「その通りでございます」と構成した後、「しかし」と続ける。


「その町からの返信ですが、無かったのです。 正確に申し上げますと、伝書鳥に持たせた書簡がそのまま戻ってきました」


「何?」


 男の言葉に王の顔が険しくなる。王からの書簡に返事をしないなどはありえないが、書簡がそのまま戻ってくるなどということは更にありえない。その場所にたどり着くことができなかったのか、あるいは受け取り手の身になんらかの異常が発生し、受け取ることができない状態ということだ。

 つまりどちらにせよ、そこで異常事態が起こっていることが明白になった。


「その町はどこだ」


「は、ドロクでございます」


 王はその町の名を聞いて額を押さえてため息をついた。



 ウォンズ王国、その若き現国王であるエクナド・エンガーは非常に真面目で公明正大な性格をしており、若いながらも多くの国民から高い支持を得ていた。

 だが、その真面目さ故に、彼が王位を継承する以前から残されてきた数多くの問題を解決しようと日々休むことなく取り組み続け、その身も心も休まることは無かった。

 ドロクの町の問題は、そんな彼が現在取り組んでいる最中のものであった。


 歴代王の中で最も美名高く、かつ悪名も高い王である「恐れ知らずの王セルカー」は特に、後代に様々な問題を残していった。

 セルカーの在位当時、彼が行った事業はどれもこれもどういうわけか最終的には良い結果を齎した。そのため彼の評判は鰻上りに上昇、忽ち賢王などと持て囃されるようになった。

 だが彼が退位し姿を消すと、彼の行った事業からどんどんと問題が湧き上がってきた。

 例えば、彼が開拓させ金鉱脈を掘り当てた鉱山を深く掘り進めていった結果、過去の崩落によって埋もれていた凶暴な魔操種シガムの巣穴と繋がり、周辺に甚大な被害を齎した。

 山を切り開いてできた農耕地は、後年長雨に見舞われ全てが土砂に埋もれ、結果不毛の地と化してしまった。

 その数々の禍根をばら撒いて残した王のことを、王家の者は皮肉を込めて「幸運王イックル」と呼んだ。


 ドロクの町も彼が開拓を命じた、この世界で最も寒く、禁足地オバトに近い町である。魔操種避けの対策をする必要もなく、酪農に成功し上質な特産品を作り出し、今も貴族や上流市民からは高い評価を受けていたが、なにより貧富の差が激しかった。

 万年振り続ける雪によって植物は全く育たず、人々が口にする野菜も、家畜の餌にする植物も、全てを他の町から交易で得るほか無かった。その上その土地で生産される家畜の肉等もブランド物となって高価となり碌に口にすることができない。とにかく食べ物について貧しい町であった。

 そのせいでスラム街が発生。しかし雑草すら生えない極寒の町で、身を暖めるすべも無く身寄りをなくした人々が生きられるはずも無く、一年も経たずに死に至る確率は脅威のほぼ百パーセント。尤も、スラムの住人の数など最早数えるものはおらず、正確さは窺い知れないが。

 歴代の領主はそれをいいことに「スラム街は無人で、貧困に悩む民はいない」などと報告し、かつての王達もそれを黙認していた。


 だが、謹厳なエクナドはそうはいかなかった。ドロクの現領主に、スラム街の問題をなんとかしろとしつこいほど要求し、最近になってようやく重い腰を上げさせることに成功したのだ。

 具体的には、スラム街の廃屋を解体し、瓦礫を除けて更地にした後、畜産家に土地として安い値段で販売する。もしもスラムに生き残りがいれば、必要最低限の生活を保障する。と約束させたのである。


 その矢先に今回の連絡が取れないという事件だ。頭を抱えるのも無理は無い。


「ドロクの町に調査隊を派遣しろ。 迅速な連絡のために、ディルブ霊獣使い(ロノアルト)のピールがいただろう、あいつを行かせろ」


「承知しました」


 男は畏まってお辞儀をし、玉座の間から出ていった。それを見届けてから、エクナドは再びため息をついた。初めは異常地点がすぐに特定できたため、すぐに解決できるかもしれないと淡い期待を抱いたのだが、その期待はすぐに脆くも崩れ去ってしまった。


「はあ、クソ。 恐れ知らずの王(トラブルメーカー)め、問題を残さないと気が済まんのか……」


 遠い先代に悪態をつくと、脇に控えていた側近の執事が柔和な顔で声をかける。


「セルカー様は、やはり悩みの種でございますか」


「ああ、全くだ。 地獄であったら必ず文句を言ってやる。 考え無しめ……」


 隠しもせずに文句を口にするエクナドを、執事は不貞腐れる子どもを優しく見守るような目で見ながら、小さく笑ってその言葉に答えた。


「お言葉ですが、エクナド様。 セルカー様は地獄ではなく天国におられるかと」


「……ああ、そうだな」


 執事の言葉に同意を返したエクナドは、より一層深いため息を吐く。その顔には憎しみが浮かんでいる。恐らく相当鬱憤が溜まっているのだろう。


「ため息ばかり吐いていらっしゃると、運気が逃げていってしまいますよ」


「俺は「幸運王」なんかにはなりたくないからな。 丁度いい」


 フン、と鼻を鳴らしてそう吐き捨てる彼を、執事は温かい目で見る。その視線に居心地の悪さを感じたのか、エクナドは執事をキッと睨みつける。それでも怯んだ様子のない執事に、彼は再びため息をつき、執務へと戻った。

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[一言] ···ま、まァ考え無しじゃ無かったかもよ? ···浅はかだっただけで···WWW
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