2.極寒の町
極寒の町ドロク。
その名の通り、世界で最も寒い街としてその名が知られている、万年雪の街である。何故それほど寒いのかと言うと、「氷竜の禁足地」と呼ばれる土地に隣接しているためである。
氷竜と言うのは、世界で最も古い生き物とされる「古種」と呼ばれる四体の竜の内の一体で、氷の力を司る最も古き竜とされている生き物のことで、人々は「ドラジルブ」という名で呼んでいる。その氷竜の住まう土地が、氷と吹雪に覆われた広大な雪原なのである。
「古種の怒りに触れれば命はない」と言われ、そのために古種が住むそれぞれの土地は禁足地と呼ばれている。しかし、過去に古種が人間に直接害を為したという記録がないため、法的に絶対禁止とされているわけではない。
ただし、絶対害を為さないと決まってもいないため、古種へ積極的に接触することは大罪とされている。そのため立ち入る際は、国へ誓約書の提出が義務付けられている。
何故人の住む街がそんな危険とされる場所と隣り合っているのかというと、かつて、この周辺を含む地域を治める国の恐れ知らずの王が、誰も踏み入ることができない状態である理由を考えた結果、「この雪原の中心部には秘宝が守られているに違いない」という突拍子も無い仮説を立て、調査隊を派遣したことが始まりであった。
王の臣下たちはそんな王の思い立ちに「憶測で危険な行為をするべきではない」と反対したのだが、王が「自らの治める土地の詳細も知らずにいることはできない」と理由をつけてきたため、渋々といった形で調査隊を立ち上げることとなった。
王の命令に従い派遣された大規模な調査隊は、途中でいくつかの町を経由しながら、できるだけ速いペースで歩を進め、長い道のりを経てようやく「氷竜の禁足地」の近くへと辿りつき、そこに拠点を作った。
禁足地という何があるか分からない危険地帯を調査する為に、大人数となったため、拠点の規模も必然的に大きくなる。この時点でちょっとした町のようになっていた。
先に調査の結果を言ってしまえば、平原の中心部らしき場所にたどり着くことはできた。しかし王の言う秘宝のようなものは発見することができなかった。
だがそこに何もなかったわけではなく、「中心部らしき場所」というからには何かがあって、調査隊の記録によれば氷でできた巨大な建造物があったのだと言う。つるはしでも傷一つつけることができず、魔法の炎を当てても全く溶ける気配が無かったため、内部の調査を断念して帰還したのだ。
王はこの結果を受けて更なる調査をと言ったが、これ以上は氷竜の怒りに触れるかもしれないという家臣たちの必死の説得により、調査は打ち切られることとなったのだという。
そして、町が出来上がった理由はもう一つの調査結果による。それは、禁足地のそばには、無条件に人間を襲う生き物とされる魔操種が存在しなかったというものだった。
つまり、禁足地は危険だが、その周辺は安全地帯であるということだ。古種の禁足地は他にもあるが、活火山のある溶岩地帯であったり、海の中央であったり、険しい山脈の上であったりと、とても人が住める地形ではない。だが、この氷竜の禁足地は周辺が平地であった。
古種が禁足地から出たという記録は無く、そして魔操種が現れないというのは、弱き生き物である人間にとってはこれ以上無い好条件だった。
王は調査隊の拠点とした場所を町にすると言った。臣下たちは皆こぞって頭を抱えた。
理屈上好条件とはいえ、その気候には大きな問題があった。このような極寒の土地にある町は前例が無いため、一から町の仕組みを考えなければならない。とりわけ大きな問題は、万年絶えず雪の降る土地である為に、植物は育てることができないことだった。主食となる穀物も、野菜も育てることができないため、食料は他の町から買うしかない。
臣下の一人がそう問題点を告げると、ではその取引材料となる特産品を考えるのだ、と王は臣下たちに言った。臣下たちはもうなるようになれといった気持ちであった。
そして、植物が駄目なら家畜を連れて行って寒い環境でも大丈夫か育ててみよう、という単純な案が挙がり、結果としてこれが大成功した。竜という特殊な存在の影響なのか、はたまた厳しい寒さのおかげなのか、単純に土地と相性がよかったのか?理由ははっきりとしなかったのだが、家畜のうちの何種類かは寒さに適応し、従来よりも質のいい乳や肉が生産できることが判明したのだった。
そんなこんなで流れに棹さすように物事はいい方向へ転び、王の突拍子も無い発言が、結果として一つの畜産の町を生み出し、臣下たちは呆れればいいのか尊敬すればいいのかわからなくなっていた。
そうして寒さを意味するドロクと名づけられた町は、良質な畜産物の生産地としてそれなりに有名となった。
しかし、その厳しい寒さゆえに住人の数は伸び悩み、その少ない中でさらに利益の独占を巡って争いが起き、成功者と敗北者が生まれた。
そしてやはり食料は高騰し、物価の高い町となったことで貧富の差が激しくなり、スラム街が生まれた。落ちぶれた者は雑草一つ無い土地で食べるものも無く、寒さによって普通よりも早く衰弱していったため、死と言う形で貧困者の数は減っていった。そのために、スラムの問題が国に大きく取り上げられることは無いままとなった。
こうした問題に頭を抱えることになったのは、この破天荒な王が退位した後の、後代の王たちであった。
特殊な読みがいきなり複数出てきてしまって申し訳ありません。物語内での詳しい説明も大分後になってしまいます。
意味は字面どおりで取っていただければ幸いです。
魔操種=一般的に言う魔物。