表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷竜の娘  作者: 春風ハル
299/570

298.南へ

 翌朝、リエティールとロエトは早くに目を覚まし、宿で朝食を済ませると早速町を出て南下を始めた。北からの涼しい朝風が、彼女達の旅立ちを後押しするかのように爽やかに吹いていた。

 まだ人通りの少ない道を真っ直ぐに進む。この首都から南側には数えるほどの小さな町がいくつかあり、山脈まではそう遠くはない。歩きではそれなりに掛かるが、速いフコアックに乗れば一日もかからない程だろう。

 その道を、リエティールはロエトの背に乗って進んでいた。軽快な足取りで歩いているため、このまま道なりに行けばフコアックに乗るよりも断然早く山脈にたどり着くだろう。

 だが、ロエトには修業という目的がある。ある程度町から離れると、街道を逸れたところに見つけた疎らな森の中へと侵入する。


『ここなら大丈夫だろう』


 周囲に誰もいないことを確認しそう呟いたロエトは、昨晩と同じように目を閉じて集中すると、その姿を変え始めた。

 淡い光に包まれて十数秒の後に同様の変化が現れる。やはり通常の変化に比べると時間がかかっているが、一度経験したことで慣れが生じたのか、ほんの少しだけ変化の速度が上がっていた。これからも繰り返してゆけば、通常の変化と同じように扱うことができるだろう。

 前脚に大きな翼を得たロエトは、調子を確認するように体を動かす。フローの姿もディルブの姿もロエトにとっては慣れ親しんだものだが、前脚に翼を持った狼の姿というものは経験がない。パーツ自体は自分のものであっても、扱ったことのない形状というものはやはり慣れないもののようで、難しそうに何度も翼を動かしていた。

 そうして暫く体を動かしてから、


『そろそろ一度試してみようか』


と言い、リエティールに少し離れてほしいと言ってから、ロエトは空を真剣な眼差しで見上げる。そして意を決したように短く息を吐くと、羽ばたくように大地を蹴って飛び上がった。

 周囲に小さな土埃を起こし、ロエトは垂直に走るような体勢で高度を上げる。リエティールはそれを真下から見上げた。

 暫く体を慣らすように円を描いて駆け回った後は、一定の場所で留まることを試みる。慣れない体でそれを行うことは難しく、ロエトは何度か体勢を崩し墜落しそうになり、その度にリエティールは肝を冷やす思いをした。

 何度か危ない場面もあったが、最終的にロエトは上体を持ち上げて上昇気流を受け止めることで、ある程度その場で停止する技術を体得した。正面から見たそのシルエットは鳥のものに近く、遠くから見れば大型の鳥が空中で翼を広げているようにも見えるだろう。

 暫しの間、移動と停止を繰り返して練習した後、ロエトは地上へと降りた。


「お疲れ様、どうだった?」


 リエティールは駆け寄ってそう問いかける。ロエトは疲れた様子ではあったが、その表情には幾分か余裕があり、以前のように激しく消耗した様子ではなかった。


『やはり翼がある方が魔力の消費が格段に少ない。 慣れていないせいか体力の消耗は激しかったが……慣れてしまえば長時間の飛行も問題なく行えるだろう』


 満足げにそう答えるロエトに、リエティールは「よかった」と微笑みながらエルパの実を差し出した。ロエトは有難くそれを食べると、


『次はリーを乗せて飛ぶ練習がしたい』


と言った。実践においてそれが可能になれば、空中と地上どちらにおいても機動力の面でかなり優位な点が増えるだろう。

 リエティールとしてもそれは望ましいことであり、是非とも早く練習を行い、可能な限り早く、できれば空中戦が見込まれるであろう天竜イクス・ノガードとの戦闘までに是非形にしておきたいものであった。


「でも、今は疲れてるでしょ? ゆっくり歩きながら進んで、また落ち着いてから練習しよう」


 リエティールの提案にロエトは同意し、共に街道へ戻ると再び南へ向かっての進行を再開した。

 暫くすると、街道沿いにエルトネの拠点が散見するようになり、日が昇ってきたことで活動を始めている人影もちらほらと目につくようになった。昼にはまだ少し早いが、一部からは何かを調理している匂いも漂ってくる。


「……この辺りでちょっとご飯にしよっか」


 つい空腹を誘われてしまったリエティールは、恥ずかしそうにはにかみながらロエトにそう提案し、調理をしているエルトネに声をかけ、幾らかの金額を払って分けてもらい、昼食を取ることにした。

 魔操種シガムの肉を骨に沿って適当に切り分け、簡単に味付けをして一気に焼き上げた簡単なものであり、店で食べるようなものと比べれば大雑把な味だが、こうして屋外で食べる状況ではそれも一種の味わい深さに感じられた。

 食べながら、料理を提供してくれたエルトネに次の町までのおおよその距離を尋ねると、今からゆっくりのペースで歩いても夕暮れ前には、少し早いペースで進めば余裕をもって到着するだろう、という答えが返ってきた。

 それを聞いたリエティールは、それくらいの距離ならばその町に向かい、野宿を避けた方がゆっくり休めていいだろうと判断し、礼を言ってその場から立ち去り拠点を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ