297.修業
草が疎らに生えた岩場で、ロエトは魔操種を相手にひたすら戦いを挑んでいた。相手はナウガットという風属性の小型の魔操種で、体毛は短い羽根であり、四肢に飛膜のように翼が付いている。体の周囲に風を起こし、四肢を広げてふわふわと不規則に飛び回り、不意を突いて突進して攻撃する魔操種で、攻撃力は高くはないものの数が多いと非常に厄介な相手である。
ロエトは、最初こそがむしゃらに飛び込んで先手を打とうと攻撃に集中していたが、読めない動きに翻弄されるうちにそれではだめだと学習し、風を起こして相手の動きを阻害してから仕留める、という方法を確立していった。
同種で仲間意識があるらしく、戦闘をしているとどこからともなく新たなナウガットが現れ、ロエトに対して攻撃を始める。
最終的に、ロエトは体の周りに風を常に纏いながら、相手を受け流して反撃するスタイルをとるようになり、戦闘能力自体も、本来の目的である魔力の許容量の増加も順調に達成していった。
そんなロエトのことを、リエティールは気が付かれないように遠くの岩場に身を潜めて静かに見守っていた。
日が傾き始める頃には山のようなナウガットの亡骸が積みあがっており、ロエトもやり切ったというように満足げな表情をしていた。
リエティールはそんなロエトを優しく撫でてねぎらいつつ、ナウガットを回収して袋に詰め、これも修業と主張するロエトの背に積んでドライグへと帰還した。
ナウガットの羽根は軽く丈夫で、装備や魔道具の素材として以外にも一般的な衣類や雑貨の材料としても重宝されているため、この辺りではそこそこいい値段で買い取ってもらえる。そして風の命玉を回収できたことで、風圧の衣を再び使える状態にできたこともあり、リエティールにとって今回のロエトの修業は金銭面的に見ても利益があったと言えるだろう。
「明日に備えて、今日はこのお金でゆっくり休もうね」
『ああ』
ナウガットの換金を終え、リエティールとロエトはその金額で泊まることのできる、できるだけ良い宿を捜し歩いた。
ロエトの努力によるものである以上、ロエトもゆっくりと休める宿にするべきだとリエティールは考える。宿によっては霊獣種は無垢種と同じ扱いで、エスロなどと同じ屋外の小屋で寝泊まりさせる場所が多く、その場合は即座に候補から外れる。
ロエトはそれでも構わないと言っていたが、当然リエティールはそれを認めず、結果数十分探した後に霊獣種や無垢種の屋内への連れ込みが許可されている丁度いい宿を見つけ、そこで一晩を過ごすことにした。
ペットやパートナーとして無垢種を連れている者は探せばそれなりに見つかるが、霊獣使いは珍しい存在であるため、声をかけられたりするのではないかとリエティールは身構えていたが、その時はロエトが鳥の姿で目立ちにくかったということもあってかそうしたことは起こらず、スムーズに部屋へと行くことができた。
部屋の内部は広々としており、狼姿のロエトでもゆったりと寝そべることができそうな広さであった。
これなら明日に備えてゆっくり休むことができるだろうと、リエティールは嬉しそうにベッドの上に腰掛ける。
一方のロエトはと言うと、部屋の中央で何やら考え込むように佇んでいた。
「どうしたの?」
不思議に思ったリエティールが声をかけると、思案顔のままロエトは答えた。
『いや、少し試したいことがあってだな……この部屋の広さであれば問題ないだろうと思っていたところだ』
「試したいこと?」
リエティールが首をかしげると、ロエトは集中するように目を閉じた。するとその体が淡い光に包まれる。それは姿を変えるときと同じ状態であったが、普段はすぐに姿が変化して光が収まるのに対し、今回は中々変化が終わらない。
光に包まれたロエトの大まかな形は狼の状態と同じだが、そのまま十数秒程の時間が経過する。心配になって見つめ続けるリエティールの前で、その姿に変化が現れる。
前足のあたりを包む光が広がるように拡大していく。その形状は後方に向かって平たく伸びており、胴体部分を覆えるほどの大きさになる。
その変化が終わると、光は徐々に弱まっていく。そして光が完全に消えた時、そこには前足に大きな翼を持ったロエトの姿があった。基本の形は狼の時と同じだが、前脚の踵に当たる部分から巨大な鳥の翼が広がっていた。
目を開いたロエトは、自らの体を恐る恐る確認するように振り返る。数秒の後、今度はリエティールの方へ向き、
『おかしくはないだろうか……?』
と、不安があるのか上目遣いでおずおずと尋ねた。
そんなロエトに対して、リエティールは目を輝かせてこう言った。
「全然! すごいよ、そんなこともできるんだね!」
リエティールも変化を使うことはできるが、このように任意の場所に任意の変化を与える、ということはできない。こうした芸当ができるというのは、本来が不定形の存在である霊獣種故の特権と言えるだろう。
存外に高評価を得られたロエトは、照れた様子ではにかむが、すぐに表情を引き締めて、
『この姿であれば以前よりも効率よく空を飛ぶことができるはずだ。 明日の道中、うまくいくかを試したい』
と言った。リエティールは「勿論」と即座に肯定し、明日を楽しみにしながらその夜を眠った。




