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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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291.小さな勇気

 判決の内容に異議を唱える者はおらず、裁きはそれで終了となった。

 国王と王妃がまず最初に退場し、続けて法裁司ライタルト、レシンやリエティール達もその部屋を後にする。

 リエティールはこれが最善の結果だったのだろうと、安堵の大きなため息をついた。

 一先ずこの場での用事は片付き、三人が建物から出たところでトファルドはこう声をかけた。


「リエティール、私たちはこれから研究機関へ行って今後の詳しい話し合いをする。 よってここで別れることになる」


「今回の件においては、一応私が責任をもって代表としてやってきたけど、ここからは所長とも話し合って決めて行かないといけないこともあるからね。 研究機関の所有物を外部に渡すとなると、課の独断ではいけないから」


 エリセも続けてそう言う。元々王城に行くと頼んだのはリエティールのみであり、トファルドもエリセも行く予定はなかったのだが、ここまで一緒に来ていたためつい共に行動すると思っていたリエティールは目をぱちくりとさせた。


「あ、そっか……じゃあ、私は一人で……」


 どこか小さなさみしさを感じつつも、頷いたリエティールに、彼女が何を考えているのかわかっているといった風にトファルドが言った。


「ロエトがいるだろう」


「フルル」


 自分を忘れるなと言うように、少し抗議する目を向けてロエトも鳴く、リエティールはハッとして「ごめんね」とロエトに謝り、その頭を撫でた。


「それに、フコアックは別だろうが、ほら、彼も行くだろ」


 そうしてトファルドはリエティールの背後を指さした。リエティールは小さく首をかしげてからそちらを振り向いた。


「あ……」


 その先にいたのは、兵士の間に挟まれて建物から出てきたレシンであった。手足に拘束具などが付いていることはなく、兵士に挟まれてはいるものの目立って制限を与えられている様子はなかった。

 彼はリエティールと目が合うと小さく声を漏らして硬直したが、やがて気恥ずかしそうに小さくはにかむと、


「その、ありがとう」


と言った。それを聞いたリエティールが今度は「え?」と声を漏らす。そんな彼女に対してレシンはこう続ける。


「あなたの顔を見ると、なんだか勇気が湧いてくる。 理由は分からないけれど、あなたの目は力強い。 あなたがいてくれたから、自分は勇気を持てた。 だから、ありがとうと言いたかった」


 まっすぐに目を合わせながらそう言われ、リエティールは何と答えるべきかわからずに目線を泳がせた。

 そんな彼女のもとに、先程乗ってきたフコアックの御者をしていた使用人がやってきて声を掛けた。


「フコアックの準備ができました。 こちらへどうぞ」


 そうして彼はリエティールに乗るように促す。リエティールはトファルドとエリセに別れを告げると、向かうのと同時にレシンも兵士と共に歩き出し、それぞれ別のフコアックへと乗り込んだ。

 複数のフコアックが並んで大通りを進み、やがて王城へとたどり着いた。

 王城の外観はウォンズのものとはまた違い、赤褐色のレンガ造りで温かみを感じさせる外観をしており、それでいてどっしりとした力強さも感じさせる。

 リエティール達を乗せたフコアックは城門の前で止まり、そこで下車をする。


「王様と王妃様への謁見の準備がお済みになるまで客室で待機なさってください」


 使用人にそう言われ、リエティールとレシンはそれぞれ客室へと案内されることになった。国王夫妻も先ほどの場にいたことを考えれば、先に戻っていたとしてもまだそれほど時間は経っていないだろう。

 別々の部屋へと通されそうになった時、リエティールは使用人と兵士にこう言った。


「あの、同じ部屋じゃだめですか?」


「それは……」


 突然の申し出に使用人たちは戸惑った様子で返答に困っていた。

 レシンは国に忠誠を誓うことを命じられているとはいえ、まだそれは済んでおらず正式に認められてわけではないため、まだ警戒を解くわけにはいかない。それ故に被害者の一人であるリエティールと同じ部屋にいさせるのを避けたのであろう。

 しかし、リエティールとしてはこれから国王に会うという緊張感の中にいるであろうレシンの心を少しでもリラックスさせ、うまく事が運ぶように手伝ってあげたいという気持ちがあった。それに加え、彼女自身も多少の緊張を抱えているため、話をしたいと思っている、というのもあった。


「心配しないでください、お話ししたいだけです」


 レシンからの申し出であったならともかく、リエティールの方からそうしたいと言われれば、無理に断ることもできないと、使用人たちは少し考えたのちに了承し、兵士を間に挟む形で客室で待機することとなった。

 あとからやってきたメイドが二人の前にカップを並べる。二人が子供である故か、甘口に調整されたクリムエートが入っていた。

 戸惑っているレシンの前で、リエティールはそれを一口飲んで、レシンに向けて微笑んだ。

 レシンは周囲の様子を窺うように目線を落ち着きなく動かしながらも、真似をするようにカップを手に取り、恐る恐るといった様子で口をつけた。すると彼は驚きに目を開いて一度手を止めた後、すぐにもう一度飲み始め、今度は休むことなく飲み続け、あっという間にすべてを飲み干してしまった。

 空になったカップを置いて開口一番、


「こんなにおいしいもの、初めて……」


と言った。その顔は呆然としながらも喜びに満ちており、もっと飲みたいと物語っていた。

 そんな彼の様子をおかしく思い、リエティールが小さく笑うと、レシンはハッとなり、恥ずかしそうに身を丸めた。


「落ち着いた?」


 リエティールの問いに、レシンは俯いたまま小さく頷く。


「聞かれたことに正直に答えればきっと大丈夫だよ。 何か困ったら……いつでも私の顔を見ていいよ」


 先ほどレシンに言われたことを思い出し、冗談めかしてそう言う。するとレシンは徐に顔を上げ、リエティールの顔を見た。そして、


「どうして君は、自分に優しくする? 自分は、君に酷いことをしたのに」


と問いかけた。その顔は俯く前とは変わって不安げなものになっていた。

 そんな彼に、リエティールは努めて優しい声色でこう答えた。


「貴方がとても苦しそうだったから。 苦しんでる人が目の前にいるのなら、助けてあげたいって、そう思っただけだよ」


 その答えに、レシンは少しの間の後、「ありがとう」と言った。

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