287.一段落
その日はもう日も暮れかかり、今日中に謁見することは難しいと判断され解散となった。
リエティールはトファルドの屋敷に泊まることになり、レシンは今回の事件の被疑者として巡邏隊の管理する場所へと連れていかれ、そこで待機することとなった。
その最終的なやり取りのさ中、エリセは地に伏してトファルドに謝罪の意を示した。
「今回の件に巻き込んでしまったこと、全ては私の浅慮が招いた結果です! 私が軽い気持ちでリエティールさんにムブラを託してしまったせいで、リエティールさんだけでなく、イギードロップ家の皆様まで甚大な被害を被ってしまったこと、非常に反省しております! ここに深くお詫び申し上げます!」
地面に頭がめり込んでしまうのではないかと心配になる勢いでそう言ったエリセに、リエティールもトファルドも、それ以外の家族も困惑と苦笑を浮かべた。
「つきましては、この度の被害箇所の修復のための弁償を……」
「弁償?」
トファルドが聞き返すと、エリセはびくりと一度体を震わせた。怒りを買ってしまったか、ここで誠意をきちんと示さねば自分にあとはないと考えたのか、焦りと怯えの混ざった声で続けた。
「は、はい! 今回の件で受けた損壊の状況を確認し、それら全てを修復するためにかかる費用を計算の上、その全額を負担いたします!」
エリセの言葉に、トファルドは顎に手を当てて「ふむ」と小さく呟いた。それから数秒の間の後、
「その、弁償の内容についてだが、費用はいい。 その代わり、研究機関に保存されているもののうち、提供可能な範囲で構わない、珍しいものや品質の良い素材か何かがあればその分提供してもらえないだろうか」
「……素材、ですか?」
と言った。
てっきり、トファルドが黙ったのは内容に不満があったせいだと思っていたエリセは、意外なその問いにぽかんとした顔で見上げてそう問い返した。
トファルドは一つ頷きこう答えた。
「ああ、今回のことで家のセキュリティがまだまだ甘かったことを身をもって実感した。 複数人相手ならまだしも、たった一人の子供に突破されてしまっては周囲に見せる顔がない。
故に、家中の魔道具をさらに改良していかなければならない。 そのためにも新たな素材が必要だ。 屋内の仕掛けの精度を上げることは勿論、庭の炎の檻についても、発動の仕掛けを考えなくてはならない……。
……とにかく、そういうことだ。 いいだろうか?」
「……え、あ、はい。 勿論です! すぐに戻って確認し、提供可能な素材を集めて参ります!」
戸惑いの後、エリセは再び頭を下げてそう言い、すぐさま研究機関へと戻っていった。
トファルドはその後ろ姿を満足げに見送っていた。どうやら警備兵を雇うという考えは端から無いようである。それに関して、家族の誰もが口をはさむどころか、むしろ同意するような顔をしていたのを見て、リエティールはやはりこの一家は変わり者だと感じていた。
その後、リエティールも改まってトファルド達に謝罪をした。トファルド達が被害を被ったのは自分のせいだとエリセは言っていたが、リエティールがこの場所を逃げ場に選ばなければよかった話でもある。そのことをリエティールはずっと後悔していた。
だが、トファルドは豪快に笑い飛ばすと、むしろ感謝していると口にした。
「今回のことで自分たちの慢心に気が付くことができた。
……我々は腐っても貴族だ。 今後どんな危険が舞い込んでくるかわかったものではない。 その前にこうして駄目な部分を明らかにすることができたんだ。 いいことだ」
そう言うトファルドの顔はどこか生き生きとしており、なぜか機嫌がよさそうであった。
不思議に思い戸惑うリエティールに、ルディカが近づいて小さく耳打ちをした。
「このところ、どういう魔道具を開発するか悩んでたのよ。 きっと目下の課題ができて嬉しいんだわ」
その言葉に納得するとともに、言い終わって離れるルディカの顔もまたどこか嬉しそうに口元に笑みが浮かんでいることに気が付く。
すると今度はフルールがそろりと近づいて、こうささやいた。
「この様子だと、トファルドお義父様がシーちゃんを呼び戻すかもしれないわ。 ルディちゃんはそれを考えてそわそわしてるのよ」
成程、この屋敷の魔道具の改良にセイネが様々に関わっていたことを聞いていたため、リエティールはその説明が腑に落ちた。これから改良に力を入れるとなれば、セイネを一時的に呼び戻して協力させると考えるのは自然だろう。
「ちなみに、私は皆が生き生きしているのがとっても嬉しいわ」
最後にそう言ったフルールも、にこにこと嬉しそうに笑っていた。
その後、リエティールは屋敷の清掃を手伝い、夕食をご馳走になり、客室を一室借りて眠りについた。
 




