286.レシンの今後
リエティールが暫くの間レシンを宥め、ようやく落ち着いたところでトファルドが口を開いた。
「何はともあれ、こうして治癒術師まで出てくる事態になってしまった以上は、国にも何があったかを報告せねばならないな」
「ええ、それに、彼の証言はこの国にとって非常に有益なものになるでしょう。 彼を連れて報告へ向かうべきです」
センラが頷いてそう答える。
そのやり取りを聞いたレシンは自分がどうなるのか不安に思ったのか、両者の間を視線が行ったり来たりしている。精神的な支配から脱した彼はすっかり普通の子供のようになっており、不安を隠すことなく落ち着きも失っている。
そんな彼の代わりにリエティールが尋ねた。
「これからどうなるんですか?」
「その少年を連れて何が起きたのかを国に報告する。 加えてその少年はこの国の重要施設である研究機関を襲撃した云わば敵対者と、現時点ではそうなるだろう。 したがって法に則った適切な裁きが必要になる」
裁き、という言葉を聞いたレシンの体が大きく震えた。そして彼は弱弱しい声で尋ねる。
「自分は……罰を与えられるのですか?」
死に対する恐怖は植え付けられたそのまま残っており、彼にとっての罰は即ち死へと向かわせられることである。
再び顔を蒼褪めさせた彼を、リエティールは背を撫でて落ち着かせようと試みる。
トファルドも言い方が悪かったかと困り顔になったが、ここで曖昧に答えてしまっては却って不安を煽ることになるだろうと考え、包み隠さず伝えることにした。
「君は今言った通り現時点では敵対者だ。 それに今まで殺人を行ってきたことも自白した、殺人者でもある。 完全に無罪とはならないだろう」
トファルドの言葉にレシンは顔をうつ向かせ、肩を小刻みに震わせる。今にも泣きだしそうな彼をリエティールは必死になだめる。
「だが」
少しだけ語気をやわらげ、トファルドは続ける。
「君は幼い時から洗脳ともいえる教育を受け、奴隷紛いの待遇を受けていた。 自分の意思で悪意を持って行ったことではなく、今の君の様子を見れば更生の余地は十分にあると判断されるだろう。 それに、君の証言は先ほどセンラが言ったように国にとって有益だ。
王も法裁司も薄情者ではない。 全てを正直に話せば身の安全は保障されるだろう」
法裁司とは、読んで字の如く法と裁きを司る職業の人物を指す言葉であり、罪人に対して適切な判決を下す役割を持つ人々のことである。だが人である以上多少なりとも同情心を抱くこともある。そうでなくとも情状酌量の余地はあると判断されるだろう。トファルドの考えはそうであった。
「生きて、いいんですか?」
レシンが恐る恐るそう口にする。トファルドは慈愛のある笑みを浮かべて、一つ頷いた。すると、レシンの体の震えは止まり、強張っていた肩から力が抜けた。死ぬわけではないと考えて安心した様子で、リエティールもほっと胸を撫で下ろした。
そのまま話が一段落し、終わりそうになったところでリエティールはハッとしてこう言った。
「あ、あの、王様にお話しする機会があるなら、私も連れて行ってもらえませんか? その、研究機関に行った時イコッサへ伝えたかったことがあったんですけど、有耶無耶になっちゃって伝えられてなくて……。 王様に伝えられるならそうした方が確実に伝わるかなと思って……」
リエティールの申し出にセンラ達治癒術師はどうしたものかと顔を見合わせる。リエティールは事件の関係者ではあるが、必要に応じて呼び出しがかかる可能性はあるものの一般のエルトネである。王城に招き入れていいかどうか、一介の魔術師が判断するには難しい所であった。
そこへ後押しするような言葉を入れたのはやはりトファルドであった。
「連れて行ってほしい。 私は事前に聞いているが、彼女の話も国にとって重要なものだ」
センラ達はトファルドを信用してはいるが、リエティールの身元を知らないため彼女自身のことをどこまで信じて良いかはわからない。
あと一押し、と判断したリエティールは、思い切ってコートの内側を捲って見せた。そこにあったのは、青い宝石が輝くエンブレム、エクナドから受け取ったウォンズ王国との友好の証であった。
「これで信用してもらえませんか?」
それを見たセンラ達、それ以外の事情を知らないレシンを除いたトファルド達まで一様に驚きを顔に浮かべた。
「あ、貴方、ウォンズ王家の関係者だったの!?」
「えっと、関係者というよりは、友達? です」
驚きのあまり尋ねてきたルディカの言葉にリエティールは首をかしげながらそう答える。いまいち的を射ていない答えに、ルディカは困惑と呆れの混ざった顔をするしかなかった。
「し、失礼ですが、それをよく見せていただいても?」
戸惑いながらもそう尋ねてくるセンラに、リエティールは了承を返す。センラは拡大鏡を用いてそれをじっくり見た後、一度もう一人の治癒術師に目配せをしてから立ち上がり、深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。 一国の王家の関係者であられる御方を疑った無礼をお許しください。 すぐさま国王様に今回の件を連絡し、許可が取れ次第すぐにご案内いたします」
「そ、そんな固くならないでください……」
打って変わった二人の態度に、リエティールはエンブレムを見せたのは間違いだったかと少し後悔をしつつも、無事に王城へ行けることとなったことには一安心した。
 




