282.闇の魔道具
「ここ、は……?」
キョロキョロと周囲に目をやりながら、戸惑いつつそう尋ねる。するとルディカの背後からトファルドがこう答えた。
「安心していい、私の屋敷だ。 気分はどうだ、気持ち悪くはないか?」
「えと、その……はい」
たどたどしく答えながら、リエティールは自分の身に何が起こったのかをゆっくりと思考する。
気を失う直前、真っ暗闇に囚われてから、記憶が曖昧になっている。だがその間に、とても辛く苦しい思いをしていたのは分かっていた。傷口を抉りトラウマを掘り返されたような、生きた心地のしない気分であった。
鼓動は未だ落ち着かず、全身にはぐっしょりと嫌な汗が流れていた。
「よかった……本当に良かった。 丸一日、あなたはとても苦しそうな顔をしながら眠っていたのよ」
リエティールから体を離し、顔を見あう体勢でルディカがそう言った。目の下には隈ができており、ずっと傍についていたのであろうことが窺えた。
「あの、私、なんで……?」
状況がわからないまま、リエティールは誰に尋ねればいいのかわからずに呟くような調子でそうこぼした。
すると、傍らに立っていた白い服の人物が答えた。
「リエティールさんは、闇の魔道具によって呪いを受けていたのです」
「呪い……?」
その言葉にあからさまな嫌悪感を抱く。そしてズキリと胸が痛む。落ち着かない鼓動が余計に緊張を高めていく。
そんなリエティールに声をかけたのはルディカであった。彼女は立ち上がると、リエティールの手を引いて、
「まずは汗を流しましょう。 そんな状態じゃ風邪をひいてしまうわ。 ほら」
ぼうっとしているリエティールの手を引いて立ち上がらせると、フルールもやってきて一緒に浴室へと向かう。ロエトもついていこうとしたが、何やらトファルドに引き留められ、不満そうにしながらもその部屋に留まった。
浴室につくと、フルールは着替えを準備するといって別の部屋へと向かった。ルディカは残り、リエティールの体を洗うのを手伝うといった。
混乱しつつも、服を脱がされている途中で慌てて全身の変化の魔法を確認する。全てを脱がされきる前に無事に全身の鱗を隠し終え、それで余計に疲弊したリエティールはなされるがままルディカに洗われることとなった。
体を洗い終えたリエティールはルディカと部屋へと戻る。フルールはリエティールがもともと着ていた服を洗ってから戻ることになった。その間に、と代わりに着せられた服はルディカのものだったが、サイズが合わずに裾を引きずっていた。
部屋に戻るとリエティールは椅子に座らされる。
「落ち着いたか?」
「はい」
トファルドの問いにリエティールが頷いて答えると、彼は安心したように頷き返してから、白い服を着た人物を紹介した。
「この方は光の魔術師、治癒術師のセンラ殿だ。 緊急事態ということで来てもらい、解呪に尽力してくださった」
「ご紹介に与りました、センラです」
センラと呼ばれた人物は物腰柔らかに一礼をする。リエティールは光の魔術師ということに驚き、少し呆然としてから急いで「リエティールです」とお辞儀を返した。
「確認させていただきたいのですが、気分が優れない、意識が朦朧とする、などという症状はありますか?」
「いいえ、大丈夫です」
センラの問いに首を横に振ってリエティールが答える。すると彼はほっとしたように微笑んでから、
「それは良かった。 では、リエティールさんが何故呪いにかかったか等、詳しい状況を確認しながら説明させていただきますね」
と言い、トファルドと共にリエティールが気を失った原因とその後の出来事について話し始めた。
リエティールに呪いをかけた闇の魔道具とは、あの大きな扉のことであった。破壊を試みたり、合わない鍵を差し込むことで回路が不安定になると効果が発動する魔道具であり、その効力は非常に強力なものであった。
その効力の危険性を認知され、最初の試作完成品以降は製作するには国からの許可が必要な魔道具になった。開発者のグループの中心人物がトファルドであり、試作完成品というのが今回の扉であったのだ。
その効果は、対象となった人物の心的外傷となっている記憶に干渉し思い出させ、さらにそれを誇張するという呪いであった。呪いを受けている間は昏睡状態に陥り、その記憶に対して抵抗力がないと自力で目覚めることができない。
最悪の場合死ぬまで目を覚まさないままになったり、目を覚ましても自我や記憶の喪失、ショックにより自殺を図るなどの症状が残る。抗う気力がよほど強くない限り、早急に解呪を行わなければ廃人と化すリスクが非常に高いのである。
そうした危険があったため、可能な限り襲撃者の少年も扉に触れないよう、攻撃による無力化を試みていたのだという。
「じゃあ、その子は……?」
扉の鍵を壊そうとした本人である少年がどうなったのか気になりリエティールが尋ねると、
「解呪は済み、今は隣の部屋で眠っています。 彼の場合、呪いによるものよりも日常的に受けていた肉体的ストレスが非常に大きかったようで、それによる疲労が大きい状態です」
とセンラが答えた。それを聞いてひとまず無事であったことに安堵し、リエティールはその少年の様子を見に行くことにした。
 




