280.聳える扉
フルールにムブラ達が隠れている部屋の場所と行き方を聞いたリエティールは、お礼を言ってすぐに部屋を出た。
罠が起動した跡が続いているのも教えられた道通りであり、少年もまっすぐそちらへ進んだことが明らかであった。
(それにしても……)
と、周囲の光景を見て走りながらリエティールは、異常ともいえるほどの数の罠が至る所に仕掛けられているのを見て、確かにこれなら防衛に自信を持つことにも頷ける、と思うと同時に、その無数の仕掛けを掻い潜る少年の技量の高さに慄いていた。
これまでの戦い方を見て、リエティールは少年のスタイルについて、力が強いのではなく非常に高い観察能力を持っているのだと考えていた。
窓に罅を入れたのも、一番弱い箇所を見抜いて的確に針を投擲したのであれば不可能ではないだろう。動揺のさ中であってもリエティールの油断にすぐさま気づき行動を起こすなど、相手の心情を読み取ったり、咄嗟の判断力が異常に高い。
それほどの技量があれば、罠がどこに仕掛けられているかを瞬時に見抜くこともできるのだろう。そして素早く軽い身のこなしによって回避に特化すれば、被害を最小限に抑えることもできる。
罠で応戦するには非常に相性の悪い能力に特化した人物であったのだ。
リエティールは奥歯をぎりっと噛みしめながら懸命に走った。その耳には、廊下の先から聞こえてくる激しい物音が聞こえていた。
激しく何かがぶつかる音、怒号にも似た叫び声。
リエティールが目的の場所にたどり着くと、そこはそんな音で溢れていた。
大きな扉の前で、セルフスとルディカが少年と相対していた。恐らくその扉の向こうにムブラとロエトがいるのだろう。扉を背にする形で二人は魔道具を使い、必死の防衛をしていた。
ルーフェカが身につけていたものと同じ防御用と思われる魔道具らしき服を二人とも着てはいるが、何度も攻撃を受けたのか既にボロボロになっていた。
「ふっ!」
背後に立っている状況を有利に活かせるよう、リエティールはなるべく声を押さえて槍を突き出す。だが少年は一瞬で振り返り手に持っていた針で受け流す。
「くらえっ!」
それを隙とみて、セルフスが手に持っていた魔道具を投げる。ロープを丸めたようなそれは空中で広がり、蜘蛛の巣状に広がる。中心には命玉があり、ロープを伝って電撃が流れているようであった。
受け流された槍を切り返し、再び攻撃を試みるリエティールを、右手で持った針で再度受け流しながら、左手にも針を構え、飛んでくる魔道具の中心目がけて放つ。針は見事に命玉へと当たり、それは効力を失ってただのロープとなり落下してしまう。
「まだよ!」
続けてルディカが攻撃を仕掛ける。手には小型の杖、指揮棒のような物を持っており、それを少年目掛けて振るう。するとその先端から魔道具と同じ、鋭く尖った形状をした水が立て続けに発射される。
少年は横に跳んでそれを回避する。リエティールも流れ弾に当たる危険があったためその場から離れた。水はそのまま壁に当たり、弾けて飛び散った。
リエティールの奇襲により隙を作ることは失敗し、三人と少年は間合いを取ってにらみ合う形となった。状況を客観的に見れば少年の方が追い込まれている構図だが、実際には三人の方が困窮していた。
この中では唯一リエティールだけ、少年と正面から戦うことができるだろう。しかし少年は回避と速攻に特化しており、間合いを保つ戦い方をしなければ分が悪いリエティールでは引き付けることが難しい。
セルフスとルディカは相性が悪く、攻撃を仕掛けることは先ほどのようにチャンスが巡ってくるなど、運がよくなければできない。傷つき方を見るに防御に専念するだけでも手一杯だろう。
リエティールは二人の背後にある扉を見る。扉の表面には何らかの魔操種の素材であろう、光沢のある物質で複雑な文様が描かれている。見ただけではどのような魔法が発動するのかはわからないが、その規模からはかなり強力な効力を持っているのだろうことが想像できた。
扉を守っている二人の様子に対して、扉には一切傷がついていないように見える。扉に向かう攻撃を身を挺して防いできたのだろうか、周辺の壁が傷ついていることからも明らかに不自然な光景であった。
守るという行為に余程無理をしてきたのだろう、二人は明らかに疲弊していた。特にルディカは脚がガクガクと震えており、立っているのもやっとといった様子である。
(早く何とかしないと……!)
これ以上迷惑はかけたくない、自分のせいで被害を増やしたくないと、リエティールの心に焦りが募る。
ギュッと槍を強く握りしめ直し、少年に対して猛攻を仕掛ける。少年はそれを器用に受け流し、あるいは躱し、手に持つ武器を針から短剣に変え応戦する。
セルフスとルディカも、これが好機ととらえてそれぞれ魔道具を手に取る。が、次の瞬間。
「あっ……!」
ルディカが構えた魔道具を投げるその時、足元がもつれバランスを崩す。手から離れた魔道具は放物線を描き、本来は少年の背後に落とすつもりであったものが、リエティールの背後まで飛んでいってしまった。
「危ない!」
それがどんな魔道具であったのか、知っていたセルフスはすぐに理解して、ルディカを守るように抱えて前方に転ぶ勢いで跳んだ。その直後であった。
「きゃあっ!!」
リエティールの背後で魔道具が爆発を起こす。そこから生まれた暴風が少年もろともリエティールを吹き飛ばした。
吹き飛ばされた先は扉の目の前。背後から吹き飛びのめりこむように倒れたリエティールよりも先に、受け身を取っていた少年が起き上がる。そして、すぐ近くに扉があることに瞬時に気が付くと、その鍵を破壊しようと、鍵穴に針を入れようとした。
「だめだ、離れろっ!」
セルフスのその声は、リエティールに向けてのものであった。だが、それを聞いたリエティールは少年を制止するために発せられたものだと思い、引き留めるためにその脚に掴み掛った。
「ダメっ!」
ルディカの悲痛な叫びが響く。だがその時にはすでに遅く。
「えっ?」
針が差し込まれた鍵穴から真っ暗な影が溢れ出すと、少年を飲み込むように包み込み、触れていたリエティールもまた同じように包み込まれてしまった。




