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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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27.その名

 少女は氷竜エキ・ノガードに抱きついて、暫し感慨に耽っていた。不意に、上から何かが降ってきて少女の腕に当たる。不思議に思って少女がそちらに目を向けると、くすんだ色の土塊のような平たい何かの破片が合った。

 少女がそれを見て不思議に思っていると、氷竜が少女に話しかけた。


『人の子よ、共に我が子を弔ってはくれぬか』


 その言葉に少女ははっとして、それから頷いた。子竜の弔いは人間(ナムフ)のそれとはまた違うのだろうか、少女は知らないが、とにかく少しでもその命が救われるよう祈ってあげなければ、と思った。

 この惨禍の原因となった子竜の死。その死に際はなんとも凄まじいものであった。到底安らかな眠りとは言えない。苦しんだであろう子竜のことを、しっかりと悼んであげなければならない。

 身を低くした氷竜の背に少女はよじ登り、氷竜は飛び立つ。その時、少女は何か違和感を覚えたが、それが何か分からなかったので何も言わなかった。


 宿のある場所に着くまで、眼下には凄惨な光景が広がっていた。

 目的地に降り立った氷竜はどこか暗い表情をしていた。自分が起こしてしまった惨劇の結果を改めて目の当たりにして酷く傷ついたのだろう。呪いに動かされていた氷竜はなんとも思っていなかったが、正気の氷竜には耐え難い光景であった。少女は氷竜の背から降りると、前の脚をそっと抱き、「あなたは悪くない」と囁いた。それを聞いた氷竜は弱弱しくも笑みを浮かべ、少女に感謝した。


 二人は子竜の元へと近付いた。檻の中では力尽きた子竜が苦悶の表情で横たわっていた。それを見た少女は、子竜の死の直前、助けを求める必死な言葉を思い出し、眩暈がするように感じた。そして自分の無力さを感じ、膝を突き唇をかみ締めた。


『それを檻から出してやってくれ』


 氷竜に頼まれ、少女は子竜の遺体を、焼け爛れた肌の部分を避けて優しく抱き上げ、檻の中から出す。その際に、焼けた鱗がぽろぽろと音を立てて檻の底に落ちた。

 力なく雪の上に横たえられたその姿は、今にも雪の中に溶けて消えてしまいそうに見えた。


『左目の瞼を開いてくれ』


 次にそう少女に告げ、少女は少し躊躇しながらも子竜の左目の瞼を開く為に手を伸ばす。子竜は左を下にして横たわっていたため、少女は左腕で子竜を支え上げ、右手をそっと瞼に触れる。そして指先で丁寧に開くと、不意にそこから白色の小さな宝石のようなものが雪の上に零れ落ち、少女は驚いて思わず子竜の体を手放しそうになった。慌てて支えなおし、位置をずらしてゆっくりと下ろすと、その玉を拾い上げる。


「これは……」


 少女が氷竜に視線を向けると、氷竜はゆっくりと頷いて答える。


『我が子、エフナラヴァの命玉サールだ。 それを肉体から取り出して自由にしてやることが、魔操種(シガム)や我々古種(トネイクナ)にとっての弔いになる。

 それは、お前が持っていてやってくれ』


 少女は掌の上に置いた命玉をじっと見つめる。やや青みがかった、透き通った白いその玉は子竜の瞳そのままの色であった。だがそこに瞳孔などはなく、代わりに微かな明かりが燈っていた。

 少女はそれをポケットに入れるが、落としてしまわないか心配そうにしていた。その様子を見て氷竜はふっと笑みを浮かべ、


『我が子もお前を好いていた。 お前がそれを大切に思い、互いを思い合うならば、そう簡単に離れんさ』


と言った。命玉はただの宝石ではなく、その生き物の全てが詰まっている。そうした不思議な引き合う力のようなものがあっても不思議ではないかと少女は考えて、一先ず安心することにした。そして、いつかアクセサリーのように身につけられるようにしたいと考えた。


 少女は子竜の命玉を受け取って、ふいと心配になって氷竜に尋ねた。


「この子がいなくなって、あなたの後を継げる存在がいなくなっちゃった……どうすればいいの? もう、時間が無いんでしょう?」


 だが、氷竜はその問いに答えず、全く違う話を切り出した。


『そうだ、我は約束どおりお前に名前を考えておいたぞ』


 氷竜はそう言って少女に笑いかけるが、少女は自分の心配に対しての返答がもらえず、少しむっとした。名前のことは嬉しいが、今はそれどころじゃないと思い、氷竜が一体何を考えているのか理解できなかった。何より、跡継ぎのことを一番心配していたのは氷竜のはずなのに、それをはぐらかされてはいい気分はしない。

 そんな少女の気持ちを知ってか知らずか、氷竜は笑みを浮かべたまま続ける。


『人間であるお前になんと名前をつければいいのか随分悩んだが、改めてお前を見ると、そう深く考えずとも良いのだと思った。

 幾つか悩んだが、今のお前にはこれが一番相応しい。


 ──お前の名は、「リエティール」だ』


 少女はその名前の意味を、数秒かけて理解した。以前少女がエフナラヴァの名前について、どうしてそれに決めたのか氷竜に尋ねたことがあった。その時、氷竜は次のように言った。


『自然を司る古種は、その名前に司るものの意味を持つことが大切だ。「ドラジルブ」は「吹きすさぶ氷雪」、「エフナラヴァ」は「流れる氷雪」。

 名は力を持つ。司るものの名を持つことで、それは力となり存在となるのだ。

 そうだな。 もしも我が子が我の後を継がぬ存在であったならば、別の名を与えていたかもしれんな』


 司るものの名を持つことは、跡継ぎたる資格。


 【舞う氷雪(リエティール)】。


 その名はつまり、氷竜の跡継ぎとしての名だった。

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