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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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275.暗く重く

 トファルドに背を向けているリエティールは、二人の間で交わされた短いやり取りを知ることなく、軽く泥を払って再び襲撃者に対して踏み込む。

 だが、先程怯んだ隙に相手は間合いを取っており、短剣から素早く針に持ち替えると、間髪入れずにそれをリエティール目掛けて投擲した。

 リエティールは反射的に腕で顔を庇いながら軌道上から体を横にずらす。はためいたコートの裾に針が掠り、それは弾かれて地面に落ちる。

 そしてすぐさま再び短剣を手に持つと、力強く地面を蹴ってリエティールに急接近する。顔を庇ったせいで槍を構えられていないリエティールは咄嗟の牽制もできず、それを簡単に許してしまった。

 襲撃者は短剣を勢いよく振り切りつける。リエティールが身につけている衣服などは全て氷竜エキ・ノガードの魔法がかかっているため、短剣の刃を通すことはなかったが。それでも急な接近で防御姿勢が取れなかったせいで、彼女は衝突の勢いで背後に押され、足元の泥で足を滑らせてしまった。


「うわっ」


 慌ててバランスを取ろうとするも、手が離れた隙を狙って追撃が向かってきたことを視認し、それを防ぐ方へ意識を引き戻されてしまったため、何もできずにそのまま仰向けに倒れる。その際に槍を取り落とし、ガランと音を立てて横たわる。

 右腕で顔を庇いながら、左腕で上体を起こしその場から逃れようと足掻くが、襲撃者はその上に馬乗りになって阻害した。

 そして襲撃者は短剣を手放すと、リエティールの手首に掴み掛って押さえつけようと試みた。だが、いくら驚いていようと流石にそれをさせるわけもなく、リエティールは振りほどこうと抵抗した。

 リエティールの筋力が強かったため、襲撃者の掴み掛るという試みはすぐに失敗し、その腕は勢いよく外された。

 そうして暴れた弾みで、襲撃者がかぶっていたフードがふわりと動き、光が差してその顔を浮かび上がらせた。

 背丈で想像されたように、リエティールとそう変わらないであろう幼さを残した少年の顔は、しかし目が驚くほどにうつろであり、照らされてなお深い影の中に落ち込んでいるようで、意思のようなものを感じさせなかった。生きた操り人形と形容できるだろう。

 リエティールはその顔を見て得も言われぬ感情を覚えた。普通に生きてれば到底はしないようなその顔は、どこか不安と危うさを感じさせ、今にも壊れてしまうのかとさえ思わせた。


「……苦しいの?」


 無意識に、そんな言葉が唇から零れる。襲撃者の無機質な瞳が、一瞬揺らぐ。

 リエティールにとって敵ではあるが、その顔を見て同時に助けなければ、とも思ってしまった。そして右手を襲撃者の顔へゆっくりと伸ばす。


「っ!!」


 瞬間、今度は襲撃者がその手を弾いた。そして力の抜けていたリエティールの手首を今度こそ掴む。すると、不意に手首が重くなった。

 リエティールが目を向けると、そこには自分の手首に巻き付く、がっちりとした金属らしき輪があった。襲撃者が身につけていた手袋は拘束用の魔道具スルートであったのだ。

 襲撃者はすでに手を放しており、そのまま立ち上がってトファルドの方へと向く。そこで、リエティールははっと思い直す。襲撃者の目的はあくまでムブラの捕獲であり、自分を倒すことではないということだ。動きを阻害さえしてしまえば後はもうどうでもよかったのだ。

 手袋によって作り出された輪は見た目以上に重量があり、まるで鉛でできたかのようであった。ここまで高い効力を持っているということはつまり、かなり上質な魔道具なのであろう。四肢の末端という重さの影響を受けやすい場所ということもあり、リエティールの筋力をもってしても容易に持ち上げられるものではなかった。恐らくは成人男性のエルトネでも動きを阻害できるような代物だろう。


「トファルドさんっ!」


 腕を引きずるように動かしながらなんとか体を起こしつつ、逃げてほしいという思いを込めてそう叫ぶ。 

 しかし、トファルドは逃げることなく襲撃者の正面に立ちふさがる。


「先程は少し油断した。 だが、今度は同じようにはいかんぞ」


 そう言って、彼は不敵に笑う。そしてちらりとリエティールの方へ目を向けた。

 重い杖で、戦闘慣れしていないトファルドと、素早く的確な動きをする襲撃者。トファルドには目に見えて勝ち目はない。それでも立ちふさがったのは、リエティールが再起する時間を少しでも稼ぐためであった。

 アイコンタクトによってそれを感じ取ったリエティールは、一刻でも早くこの拘束を解いて加勢しなければならないと考えた。

 そして、そうしている間にも襲撃者が待つことはなく、その手に持った針をトファルド目掛けてまっすぐに放った。

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