265.開発の最前線
クラエスの後に続いて、リエティールは魔道具の開発室に入る。中には様々な器具や資材があり、研究員たちがそれらを用いて何かをしている様子が見られた。彼らは入ってきた二人の方に顔を向けると軽く会釈をし、再び各々の作業へと戻っていった。霊獣種課と比べると非常に静かに感じられる空間であった。
作業中の研究員の後ろを歩きながら、使用している器具の説明がされる。どうやらトファルドの開発した魔道具はそういった開発補助に使われるものが多いようで、かなりの数があった。
例えば、火の命玉を使用した金属の溶接具や、水と風の二つを組み合わせた切削加工具など、物体自体の加工に使用されるものから、素材の保管器具などの改良などに携わっていたという。
こうした、幅広く数の多い品の開発に貢献してきたが故に、名誉練成術師の中でも研究開発に携わる人々からの信頼が高いのだという。
クラエスからそうした話を聞いたリエティールは、トファルドに紹介状をもらえた自分の幸運に感謝した。
研究員たちが向かっている机の上には、見覚えのある器具が幾つも並んでいるのが目に付いた。
「あれ、判別測定器ですよね」
リエティールの問いに、クラエスは頷いて肯定する。
「そう、トファルドさんが基礎を開発し、その孫のセイネさんが改良を施した最新の判別測定器です。 これのおかげで作業が大幅に効率化されて、多くの研究者が感謝しているんですよ」
それを聞いていたすぐ近くの研究員も、同意の言葉を口にして頷く。
リエティールは、自分のことではないにしろ、自分の知り合いがこうして多くの人に評価されているということに対して、どこか優越感にも似た嬉しさを感じていた。
「この判別測定器のどこが素晴らしい点か、分かりますか?」
使われていない一つを引き寄せて、クラエスはそうリエティールに問いかけた。
それに対して、リエティールはキョトンとした顔で、
「え? えっと、属性の判別と魔力量の測定が同時にできること、じゃないんですか?」
と答える。その答えに、クラエスは微笑んで頷きながらも、こう続けた。
「はい、勿論それは正しく、この判別測定器の目的です。
ですが今回は能力ではなく、細工の観点から見てみましょう。 近付いてよく見てください。 ガラスの内側に細く線が引かれているのが見えますか?」
リエティールは不思議に思いながらも、言われるがままに判別測定器に顔を近づける。すると、遠目では全く見えないが、そこには確かに、鋭い針で作られたような白い線がいくつも存在していることが分かった。
「見えます。 これ、傷じゃないんですか……?」
彼女のそんな問いかけに、クラエスは苦笑して首を横に振り答える。
「違いますよ。 それがこの凄い点なのです。 その線があるおかげで、命玉がほんの僅かに放つ魔力を効率よく下へと流せているのです。 それがなければ測定に時間が掛かったり、正確な魔力量が測れなかったことでしょう」
それを聞いたリエティールは「へえ……」と驚きの声を漏らして再び凝視する。一見するとただの傷にしか見えない線が、そんなにも重要な役割を持っているとは思いもしなかったのだ。
「その線も、ただ単純に引かれているわけではなく、複雑に計算して引かれているのです。
魔力を効率的に流す仕組みについては、今現在も日夜研究が続けられています。 命玉の持つ限られた魔力を目的に合わせて如何に効率的に動かすか、これは魔道具開発において最も重要な課題でもあるのですよ」
自分の想像の範疇の外にある魔道具の世界に、リエティールはすっかり心を惹かれていた。
ますます興味を持ち、夢中になっている彼女の肩の上では、対照的に退屈そうなムブラがウトウトとゆっくりとした瞬きをしていた。
そんなムブラの様子すら気がつかない様子で、リエティールは弾んだ声でクラエスに尋ねた。
「今は他にどんな魔道具が研究されているんですか?」
クラエスはリエティールのキラキラとした目を見て嬉しそうに目を細め、少し考える素振りを見せてから答えた。
「そうですね……では、現在最も研究開発に携わる者が多い、戦闘用魔道具、について説明しましょうか」
「戦闘用、ですか?」
意外な言葉に、リエティールが首を傾げる。傾げると同時に髪がムブラの顔に掛かり、ムブラは小さくくしゃみをした。それで漸くその存在を思い出したリエティールは、慌てて小さく「ごめんね」と声をかけた。ムブラはどこか不満げにしながらも、目を閉じてすぐに寝息を立て始めた。
そのやり取りが終わるのを待ってから、クラエスはリエティールの言葉に返答する。
「ええ、詳しい話はまた、試作品などを見ながらお話しましょう。 こちらへついてきてください」
そう言い、彼はリエティールを別の部屋へと案内し始めた。
 




