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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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262.ムブラ

 自己紹介をするエリセに、リエティールもお辞儀をして「よろしくお願いします」と言った。ロエトも肩の上でバランスを取りながら「フル」と鳴いて挨拶をする。


「じゃあ早速、歩きながらここで何をしているのか説明するわね」


 エリセはそう言ってリエティールについてくるように合図をすると、研究室の中を歩き出す。

 内部は机や棚が並んだ空間に隣接するように、様々な部屋へと繋がる扉が幾つもあった。エリセはその扉を一つ一つ示しながら説明する。


「この部屋は霊獣種ロノの持つ能力を確認するための部屋よ。 造りが頑丈で多少の魔法を発動しても壊れないようになっているの。 まあ、それでもたまに罅が入ったりして修理費が凄く嵩んじゃうんだけどね……。 で、同じ部屋があそこまで並んでるの。

 それからこっちの部屋は霊獣種の生態に関する実験をする部屋で、簡単に言うと好みを調べるための部屋ね。 霊獣種って、無垢種ラミナだったり魔操種シガムだったり、色んな生き物の姿を使うでしょ? だから、それによってどれくらい生態に差が出るのかっていうのをデータにまとめているの。 隣の部屋はそれに使う食べ物とか薬草とか、色々な物を保管している倉庫よ」


 そんな風に様々な部屋の内部を見ながら説明を聞いて歩く。そしてある一つの部屋の前でエリセは立ち止まった。


「ここの部屋は元々ただの仮眠室だったんだけど、今はちょっと特別で……」


 そう説明している途中に、いきなり扉の向こう側から何かが暴れるような大きな音がしたかと思うと、バンッと激しくぶつかる音と共に急に扉が空け放たれ、何かがリエティールに向かって飛びついてきた。


「ひゃっ!?」


 その何かはロエトがいない方のリエティールの腕にくっつき、リエティールは驚きながらもそれが一体なんなのかを確かめようと目を向ける。


「……え?」


「ピャ?」


 リエティールの見た先には、彼女の腕にしっかりと抱きついて細長い尾を絡ませている、鱗状の皮膚を持った小さな生き物が、黒くまん丸な目を向けているという、光景があった。

 生き物の手足の先には小さな黒い鉤爪があり、背中には皮膜を持った小さな翼がある。体全体は淡いクリーム色をしていた。

 その生き物は不思議そうにリエティールの顔をじっと見つめながら、爪をコートに引っ掛けて離れようとはせず、小さく首を傾げていた。

 突然の出来事にリエティールが固まっていると、その生き物が飛び出してきた部屋から慌てて一人の研究員らしき男性が走ってきた。


「ムブラッ! ……っあ、す、すみません!

 こら、ムブラ、離れなさい!」


「ピャァ~ッ!」


 リエティールの腕にしがみついている生物にムブラと呼びかけながら、男性研究員は謝りつつも離れるように指示をする。しかしムブラの方はというと、嫌だというように顔をコートに擦り付けて一向に離れる気配は無い。

 その横で一連の流れを見ていたエリセが額を押さえながらため息をつき、男性研究員に文句を言う。


「何してるの、ダメじゃない! ちゃんと鍵をかけておかないからこうなるのよ」


「す、すみません……すぐに出るつもりだったのでつい油断して……」


 男性研究員はペコペコと謝りながらも、なんとかムブラを呼び戻そうと手招きをしたり呼びかけたりを繰り返している。それでもムブラはリエティールから離れようとはしなかった。

 そんな様子を見て困りきった様子で、エリセはリエティールに対してこう説明した。


「ごめんなさい。 その子は数日前、他の課の研究員がフィールドワーク中に発見して連れ帰ってきた子なの。

 身体的特徴から考えてノガード類の子どもじゃないかとは思ってるんだけど、如何せん竜類は個体数が少ないからデータも少なくて、どんな生態なのか分からないのよ。 それに、この子どうやら目が悪くて、殆ど機能していないみたいなの。 放っておいたら死んでしまうだろうってことで連れて帰ってきて、色んなところで協力して研究している最中なの。

 とりあえず、今は便宜上ムブラ(名無し)って呼んでるわ」


「竜類……」


 エリセの話を聞いたリエティールは改めてムブラを見る。ムブラは不思議そうに再び首を傾げて「ピャア?」と鳴いた。

 恐らく多少は見えているのだろうが、リエティールの目を見ても驚いたような反応を見せないところを見るに、目が殆ど機能していないというのは確かなのだろう。

 寧ろ、目が殆ど見えないムブラにとって、膨大な魔力を感じさせるリエティールは、かえって確かな存在として安心感すら与えているのかもしれない。


「フルルゥ」


「ピャァ」


 ロエトが呼びかけると、ムブラはリエティールの腕をよじ登って近付いていく。魔力そのものの存在であるロエトもまた、その目で捉えられるのだろう。


「竜類はその姿が古種トネイクナに似ているからその名がついているけれど、似ているだけで本質は普通の無垢種なの。

 その見た目のせいで、かつては色々な貴族が自慢するために自分のものにしようとして、沢山の竜類が捕獲されていって、繁殖する生態なんかも分からないままに飼い殺しにしてしまったせいで、今じゃ殆ど見かけない保護対象になってしまったのよ」


 エリセがそう竜類の説明をしている間にもムブラはロエトの元までにじり寄り、リエティールの肩の上でじゃれあっている。男性研究員はいよいよ途方にくれて頭を抱えていた。

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