254.大切な人
宿の部屋に戻り、リエティールはベッドに腰掛けて力を抜く。ロエトはその足元に座って控えた。
「ふう、色々あって疲れたなあ……」
「フルル」
リエティールがそう呟くと、ロエトも同意するようにゆったりと頷いて答えた。
この部屋からは見えないが、リエティールは森のある方角の窓の方へと顔を向けて外を見、
「あの子達は大丈夫かな……」
と零した。すると、ロエトも同じ方向を向き、それから微笑むように目を細めてこう言った。
『彼らの事は心配要りま……不要だろう。 私が動けない時も彼らだけで考えて行動ができたのだから、私がいなくとも彼らは立派に生きてくれるだろう』
敬語を使いかけ、リエティールに言われたことを思い出したロエトは慌てて言い直す。最初こそ乱れたものの、その声に揺らぎなどは無く、心からそう信じていることが伝わるものであった。
ティラフローの子供達に別れを告げた時、彼らは酷くショックを受けた様子でロエトに泣きついた。その姿はまさに母親と別れることを惜しむ幼子のものであったが、数分間に渡ってロエトにより諭された後は、寂しさの色を浮かべながらも、しっかりと覚悟を決めた目をしていた。
ロエトも勿論、別れを告げた瞬間は名残惜しそうな表情で彼らのことを見つめていたが、リエティールについて共に旅立つという信念に揺らぎは無かった。彼らのことを信頼しているからこそ、後ろめたさを見せる事はしたくなかったのだろう。
「……そうだね」
森の外まで見送りに来て、改めて別れを告げた後、再び森の中へと戻っていったティラフロー達の背中を思い出しながら、リエティールも小さく微笑んで視線を室内に戻した。
ロエトと向かい合う形に戻り、リエティールはロエトに質問をした。
「話は変わるけど、あなたのできることをもっと知りたいの。 教えてくれる?」
その問いかけに、ロエトは『勿論』と答えてからこう続けた。
『私の主なる属性は、知っての通り風だ。 風を使った攻撃は勿論のこと、リーを背に乗せて地上を走ること、空を翔ることができる。
光だが、こちらは風ほど強い力を使うことはできない。 戦いの中で見せたように、咄嗟の目眩ましや、暗闇を照らすようなことなどであれば役に立つことができるだろう。 ……それと、あとは、多少の闇の魔法に対抗することもできるはずだ』
最後の言葉が多少自身なさげに聞こえたのは、闇属性の魔操種等に対面したことがないためであった。
光属性は闇属性と相反するものである事は一般的に知られており、光が浄化の力を持ち、闇が呪いの力を持っていることも知識として広まっている。
元々が魔力の塊である精霊種だったロエトの場合、そうした相性は本能的に理解している。知識はあるが確信は無いために、やや歯切れの悪い言い方となったのだ。
それを聞いたリエティールは、少し考え込むようにしてから、真剣な顔になってロエトに向き直って言った。
「あのね、あなたにお願いがあるの」
『何だ? 私はリーのためなら何だってする』
リエティールの言葉にロエトは瞬時にそう返す。口調こそ砕けたものになっているが、やはりリエティールを上位者として自分は従者である、といういわば本能に従う部分までは簡単に変えられないのだろう。
そんなロエトの態度に、困ったように小さく笑ってから、リエティールは改めて内容を話す。
「あなたのその光の魔法で、私のおばあちゃんを弔って欲しいの」
それは、彼女が旅立つ一番最初の理由であり、大切な目標の一つであった。
当時は彼女なりにできる精一杯の弔いをした。しかし、一般的に行われる正式な弔いではない。それが彼女にとってずっと心残りであった。
光の魔力による浄化の弔いは、王族や貴族が行うような最上級の弔いだとされている。肉体を傷つけない穏やかな弔いは、死者にとっても残されたものにとっても望ましいものであった。
そんな弔いが、ロエトの力を借りればできるかもしれないと、リエティールはそう考えたのだ。
『人間の弔い……。 経験は無いが、最善を尽くそう』
ロエトの答えに、リエティールは表情を明るくする。当然、ロエトが断るとは思ってはいなかったが、改めて弔いの目処が立ったことを実感すると、喜ばずにはいられなかった。
『それで、それはいつ行うんだ?』
ロエトの問いに、リエティールは少し考えてから答えた。
「今すぐには……難しいから、古種に認めて貰ってもう一回、氷竜の禁足地に戻る時、かな」
彼女の気持ちとしては、今すぐにでも弔いに向かいたいのだが、いくらロエトに乗って空を飛んでいくことができるとは言え、今のタイミングでは中途半端なため旅の調子が狂ってしまうだろう。
氷竜として認められた後、リエティールは禁足地へ戻る。そうすれば必然的にドロクへ向かうことにもなる。
『了解した。 ……その者は、リーの大切な者なのか?』
ロエトはリエティールの育ての親のことを知らない。それ故に確認するために何気なくそう尋ねた。
リエティールは遠くを見るように目を細め、少しの沈黙の後こう言った。
「……うん、母様も勿論大好きだけど、同じ。 世界で一番大好きなおばあちゃんだよ」




