250.霊獣種とティラフロー
ティラフローの小さな寝息と、木々のざわめきだけが聞こえる中、僅かな間お互いの目をじっと見つめていた。
「もう、念話は使えるの?」
先に口を開いたのはリエティールであった。彼女がそう尋ねると、霊獣種は一つ頷いて答えた。
『はい、もう問題はありません。 全て貴方様のおかげです』
その声は凛と澄んだ中性的な声で、霊獣種は深々と頭を下げた。
リエティールはその声の美しさに思わずぼうっと聞き惚れて、それからすぐにハッとして次の質問をした。
「あなたはあの子達の親なの?」
すやすやと眠るティラフローの子供達に視線を向けつつ、リエティールがそう尋ねると、霊獣種は少し悩んだように首を傾けながらも頷いて、説明を始めた。
『この体は元々彼らの母親のものでした。
彼らと初めてであった時、私は既に鳥の姿を得てこの森に住んでいました。 森の中、この場所で、彼らに囲まれて横たわっている母親を見つけました。
母親は既に息をしておらず、死んでいるという事はすぐに理解しました。 怪我をしてそこから感染症に掛かっていたようでした。 まだ幼い彼らは死というものを理解できず、母親の亡骸に泣きついていました。
私は彼らを哀れに思い、暫くその様子を見ていました。 そしてふと、木漏れ日の中に光の精霊種の気配を見つけました』
リエティールは差し込んでいる木漏れ日を見た。真っ暗な森の中に差し込んでいる光は剣のように鋭く、眩く目に映った。
光や闇は非常に曖昧な存在で、それ故に貴重で数が少ない。曖昧な存在と言えば風もそうだが、風は物を靡かせ人肌を撫で、あるいは淀みを作ったりと、その存在を認識しやすい。
一方、光と闇はどこにでも存在こそすれど、輪郭が非常にぼやけている。例えば太陽の下は常に光が満ちているが、別段強く意識することは無い。そのため、魔力が存在しても薄くぼんやりと広がり、そこにある、と認識することが非常に困難になるのだ。
そう考えると、こうしてはっきりと光を意識させる木漏れ日というのは、光の魔力が比較的集まりやすいものだと考えられる。とはいえ、普遍的に存在している魔力であっても、精霊種として塊に成る程集まるのはそうそう起こりえることではない。光や闇の精霊種というのは奇跡に近い存在であった。
『私はその精霊種が、母親の亡骸に惹かれていることに気が付きました。 恐らく、体毛が輝くという性質が宿りやすいと捉えたのでしょう。
そのままであれば、その精霊種が母親の肉体を得て霊獣種となるはずでした。
ですが、私はそれを黙ってみていることができませんでした。 自我の無い精霊種は、肉体を得て初めて自我を得るものです。 つまり肉体を得たばかりの時点では幼子と同様なのです。
そんな存在が、ティラフローの子供達の面倒を見るとは思えませんでした。 そして、ティラフローの子供達は頼みの存在も失ってこの森を彷徨うことになってしまう。
彼らを哀れに思っていた私は、それを回避したいと思い、既に接近していた光の精霊種を取り込む形で母親の肉体を得ました』
「そうなんだ、それで……」
霊獣種が何故二つの属性を持っているのか、ということを理解したリエティールは納得して頷いた。
『ですが、私は彼らの本当の親ではない。 姿も曖昧なもので元とは変わってしまう。
……それは、彼らにとって大した問題ではなかったようです』
そう話す霊獣種の顔は、困ったような、しかしどこか嬉しそうな様子であった。
ティラフロー達も、最初はどうであったかは分からないが、死んだ母親がそのまま蘇ったとは思ってはいないだろう。それでも、自分達を愛しみ守ってくれる存在というのは何よりも嬉しいものだったのだ。
姿も言葉も違えど、触れ合うその姿は親子以外の何物でもなく、リエティールは自分と氷竜、そしてエフナラヴァのことを思い出して小さく微笑んだ。
『ところで、失礼ですが、貴方様のお名前をお伺いしたいのです』
霊獣種にそう言われ、リエティールはまだ名乗っていなかったことを思い出した。
「リエティールだよ」
名前を聞いた霊獣種は、『リエティール様……』と小さく呟くと、リエティールの姿をじっと見つめた。その視線で、彼女は戦った時から姿を戻していなかったことに気がついた。今の姿を見れば、誰が見ても普通の人間ではない事は明らかであろう。
『そのお名前、お姿、そして膨大な魔力……もしや、貴方様は古種に連なるお方なのですか?』
海で出会った霊獣種のレグナと同様に、この霊獣種も同じ考えに至ったようであった。実際に古種と出会ったわけではないため確信は無いようだが、姿と名前がヒントになっていた。
「うん、私は氷竜の後継ぎなの。 まだまだ未熟で、中途半端だけどね」
リエティールがそう頷いて答えると、霊獣種は『やはり……』とこぼして、それから表情を引き締めて真剣な顔つきになると、いきなりその体を地に伏してこう言った。
『リエティール様、どうか私を貴方の従者としていただけないでしょうか』




