249.戦いの後
氷柱をその身に突き刺したまま勢いを殺すことなく、魔操種は壁にぶつかってようやく止まった。
リエティールは氷柱を消す。辺りには魔操種の体液が飛び散り、離れていた彼女の腕にも僅かに滴っていた。幸い、彼女の腕は氷竜の鱗に覆われていたため直接その毒の魔力で満ちているであろう体液に触れてはいなかった。ただ、コートが汚れてしまっていることに気がつくと、彼女はやや不快そうに顔を歪めた。
それからすぐに我に返り、魔操種の全体を見た。穴の穿たれた胴体からは体液が流れ続け、目は元より、先程まで激しく動いていた根もぐったりと、今はピクリとも動かなかった。どうやら無事に止めを刺すことができた様子であった。
「よかった……」
リエティールが安堵にそう呟くと、
「フルル……」
と、霊獣種が小さく鳴いた。その声には安堵と、それから申し訳なさそうな気持ちも込められていた。どうやら、リエティールに断り無く勝手な行動を取ってしまったことを反省しているらしく、その耳が弱々しく伏せられていた。
そんな霊獣種の頭を、リエティールは優しく微笑んでそっと撫でた。
「そんな顔しないで、あなたのおかげで勝てたんだよ」
そう言われると、霊獣種は嬉しそうに目を細め、その尾を左右に振った。
「それにしても、さっきは何をしたの?」
リエティールが目を閉じている間に、魔操種は無力化されていた。それが不思議で溜まらず、彼女はそう尋ねた。
まだ念話をするほど魔力に余裕が無いのか、霊獣種は説明方法に少し悩む様子を見せてから、その顔の前に小さな光を浮かべて見せた。
「えっ、これ、もしかして……光の魔法?」
「フル」
驚き尋ねるリエティールに、霊獣種は肯定するように鳴いて答える。小さな光はリエティールの目の前までふわりと移動すると、そこでキラキラと弾けて消えた。そのことから、その光が霊獣種の操るものであるという事は明確であった。
「でも、あなたは風の……」
そう言いかけて、リエティールは一つの可能性を思い出し、そしてそれがあまりにも信じがたいことであったので、暫しの間思考を停止した後、恐る恐るこう尋ねた。
「もしかして、あなたは二つの属性を持っているの……?」
「フルゥ!」
その通り!というように元気良く答える霊獣種に、リエティールはいよいよ混乱して、その動きをピタリと止めてしまった。
何せ、複数の属性を持つ霊獣種は伝承の中だけの存在であり、実在したかすら疑わしいとされる存在なのだから。
「フル? フルル、ホロロッ!」
突然動かなくなってしまったリエティールに、霊獣種は一体どうしたのかと心配そうに呼びかけ続けた。
それから暫くして、冷静になったリエティールは状況を整理した。
霊獣種は風と光、二つの属性を持つ存在であり、魔操種の動きを止めたのは閃光による目眩ましであった。羽毛を舞わせたのはリエティールまで巻き添えになってしまわないように、目を閉じさせるためであった。目眩ましという方法を取ったのは、魔操種の目の周りの花弁が開かれ落ち、目を閉じることができなくなったと判断したからだったのだ。
驚きのあまりどっと疲れてしまったリエティールであったが、今まで自分の身に起こってきたことを思い返して、この程度なんてこと無いと自分に言い聞かせた。何よりも、自分という存在が特異すぎるのだ。
それから、足先の痺れもなくなっていることを確認したリエティールは霊獣種から降り、魔操種の亡骸から根の一部や口周りの花弁を採取した。森のティラフローが凶暴化していたのはこの魔操種が原因であったこと、そしてその魔操種は倒された、ということをドライグに報告するべきだと考えたためである。口だけで説明しても信じてもらえない可能性があるので、こうして証拠品を持ち帰ることにしたのだ。
十分に確保した後、リエティールは霊獣種と共に、帰りを待っているティラフローの元へと戻ることにした。
「わうっ!」
「きゅーん!」
「くぅん!」
戻るや否や、ティラフローの子供達は霊獣種に飛び掛って甘え出した。自分達の母親が一度負けた相手のもとにまた戦いに行ったのだから、心配するのも無理は無い。霊獣種も体中に纏わりつかれて困った様子ではあったが、その気持ちも理解しているのか嫌がる素振りは見せず、寧ろ慰めるようにその体を丁寧に毛づくろいしてやっていた。
その微笑ましい光景を見ながら、リエティールは暫しの間休憩をした。差し込む木漏れ日は垂直より傾いている。昼を過ぎて少し経った頃であろう。彼女は空間の中からパンを一つ取り出して、遅めの昼食をとることにした。勿論、霊獣種やティラフローの子供達にも食べ物を差し出して、穏やかな食事の時間を過ごした。
それから更に時間が経ち、子供達もはしゃぎ疲れたのか小さく丸まって眠った。
そして十分な休憩を取り、食事によって完全に回復した霊獣種は、リエティールの正面に改まった様子で跪くように座った。
 




