24.狂った怒り
「16.悠久の年月」で一部修正をしました。
「空間魔法」→「時空魔法」
また、これを含む過去登場した魔法の属性に、それぞれ特殊な読み仮名を表記しました。記載漏れがあった場合報告いただけると幸いです。
その場の空気を引き裂くような子竜の悲鳴に、その場は騒然となった。「どういうことだ」「氷竜の力を持っているんじゃなかったのか」等という疑念と焦燥の混じった声があちらこちらから聞こえてくる。
想定外の出来事に慌てた男二人も、暫し理解できず固まっていたが、これは不味いと判断し、急いで魔法を使って消化に努めた。
炎は大きく燃え盛る。赤茶の髪の男の制御できる範囲を超えたそれを消すには、男の魔法の制御だけでは上手くいかない。炎を抑えている間にもう一人の細身の男が必死で雪をかき集めて火に投げることで、ようやく火は収まった。
二人は急いで檻を解放する。最早逃走や凶暴である可能性など考えて入られない。二人は厳しい調教師ではあったが、生き物が死ぬことは良しとしない。それも自らの手で、まだ幼いと考えられる生き物を殺めるなどとてもできなかった。
二人は生き物の知識に関しては人一倍学び自信があった。それ故に、見たことも無い生き物であるにも拘らず自分の仮定を信じきってしまった。人目に晒されて調子に乗り、冷静さを欠いていたのも要因だった。
檻を開けても子竜は出てこなかった。子竜は檻の中で息も絶え絶えに横たわっていた。白かった鱗は黒く焦げ、喉まで焼けたのか声も上げられないようで、息が通り抜ける掠れた音だけが漏れていた。魔法を防ぐ手段もなく、逃げ場も無い。そんな状態で自分の弱点の魔法を全身に浴びせられたならばどうなるかということが嫌でも分かる有様であった。
このままでは死ぬ、と二人はすぐに判断し、周囲に治療薬を持っている者や回復魔法を使える者がいないかと必死で呼びかけた。しかし、動揺してざわめきが大きくなった人々はその言葉も耳に入らない。一部はその言葉を聞いていたが、子竜を助ける手段は持ち合わせていなかった。
この町は辺境で、そこまで人が多くなかったというのも関係し、そう都合よく目当ての人物が現れることは無く、焦る男たちの前で刻一刻と時は過ぎていくだけであった。
そんな時であった。町に雪と共に風が吹き降ろしたのは。
驚いた人々が空を見上げ、そして更に驚く。中には驚きのあまり腰を抜かしたり、失神する者もいた。
そこには氷竜がいた。巨体が空を覆い尽くし、羽ばたきからは吹雪が生まれて町に打ち付ける。氷竜の目は鉄の檻に向いており、全てを悟った人々は顔を蒼褪めさせ、動ける者は全力で逃げていく。動けなかった者も、氷竜が地上に降り立った風圧で吹き飛ばされるように散らされた。
***
氷竜の影から、少女はこっそりと檻の中を見た。そして子竜の有様を目の当たりにし、あまりの凄惨さに目を見開いて言葉を失った。
周囲を気にしながら、少女は檻に駆け寄る。逃げた人々も、怖いもの見たさ故か、離れた物陰から氷竜の様子を窺っているのが数人見えた。
少女は檻の中の子竜の有様を見て動きを止めた。焼け焦げて脆くなった鱗が落ちた部分からは、焼け爛れた肌が露出しており、四肢が痙攣している。
ふと、子竜の目が動いて少女と氷竜の姿を捉えた。そして、弱弱しい念話が二人に届けられた。
『た、すけ……て、かー……さま……ね、さま……』
そして間もなく、子竜の目から光が消えた。
少女は激しい悪寒に見舞われ、思わず自分の体を抱きしめて膝から崩れ落ちるように座り込んだ。頭の中に、子竜の助けを求める声が何度もこだました。
その場に居合わせた全員が息を呑み、辺りは静寂に包まれた。
その静寂を破ったのは、まるで悲鳴にも似た怒りの声であった。
──クルォォオオオオオオオオオッッ!!!
その声は音波となってドロクの町全体に響き渡った。人々は一人残さずその声の凄まじさに恐怖して動けなくなった。
「母様!? かあさっ……!」
突然あがった氷竜の怒声に、少女は我に返って氷竜を心配し声をかけた。しかし途中で突如襲い掛かってきたとてつもない冷気に咄嗟に口を噤んで目を閉じ、コートのフードを深く被って襟を鼻まで引き上げた。少女はそのまま転がるように数メートル飛ばされる。もしもあのまま口を開いていれば、体の内側から凍っていたかもしれない。
少女は身を起こして薄目で氷竜を見る。怒り狂った氷竜は雄叫びを上げながら、誰彼構わず動けずにいるのもお構いなしで、目に映る全ての人に強烈な冷気を叩きつけていた。人々は成すすべも無くその冷気に呑まれ、瞬く間に全身が凍りついていく。
再び雄叫びを轟かせた氷竜は、上空へ飛び上がると、なんとかして逃げようと、這って移動している人々に目をつけた。
氷竜が翼を一段と大きく広げると、その周囲を囲むように幾つもの氷の鏃が出現する。そして広げた翼を振り下ろすと同時に、鏃は人々に向かって襲い掛かる。
「ぐあああっ!」
「ぎゃ、がっ……」
至る所から耳を塞ぎたくなるような苦しみに喘ぐ声が響く。鏃は這い蹲る人々を地面に縫い付けるように突き刺さり、確実な痛みを与えながら凍らせていく。
狂った氷竜の殺戮は終わらない。広場にいた人々も、通りを歩いていた人々も、家の中にいた人々も、老若男女平等に、その命は奪われていった。
雄叫びが響く度に、恐ろしくおぞましい氷像が増えていく。氷竜はただ只管に、人々に激しい憎悪を吐き出すように暴れ続けた。
ただ一人、氷竜の魔法がかかったコートを羽織っていた少女だけが、その恐ろしい虐殺から逃れ、目の前で繰り広げられる信じられない有様を呆然と見上げていた。




