245.穴の中の魔操種
霊獣種とティラフローの親子を後に残し、リエティールは更に森の奥へと向かう。
近付くほどその気配は確かなものになり、そしてリエティールの体から漏れ出る魔力までもがそちらへと流れていくことが感じられた。
(もしも、魔力を吸収することで力を蓄えるような魔操種だったら、このまま近付くのは良くないかも……)
そう思い、リエティールは今この場所であれば問題ないであろうと判断し、変化の魔法を解除する。こうすることで魔力のコントロールが容易になり、漏れ出る魔力をより抑えることができる上、戦い易くもなる。立ち入りが非推奨になっており、かつ真っ暗な森の奥深くであるこの場所まで人が入ってくることは無いだろう。
変化を解き、リエティールは改めて自身の両腕と両脚を見た。見れば見るほど人間とはかけ離れているその姿は、やはり不思議と違和感が全く無い。
自分が人間ではなくなっていることに対する不安感よりも、今は氷竜という存在に近づけている喜びの方が強くなっていた。彼女はぐっと手を握り締めて気合を入れると、キッと気配の方を睨みつけ、歩みを再開した。
それから更に進むと、地面が盛り上がって小さな崖になっている地形に出くわす。そしてその壁の一部が崩れ、大きな穴が開いていることも確認できた。気配はその中から漂っている。
その穴は元々あったというよりも、表面が崩れて中に開いていた穴が露出したように見える。穴の周囲には流れ落ちたように土砂が溜まっている。
その状況を見て、リエティールは門番の言葉を思い出した。恐らくこの穴は数日前に起こった小規模の嵐が原因で空いたのだろう。
そして中に潜んでいた魔操種が現れ、外と繋がったことで周囲の魔力を吸収し始めた。それに気がついた霊獣種が止めるために攻撃をしたが敗北し危険な状態に陥った。そしてそれを守るためにティラフローが人間を威嚇し始めたとすれば、嵐の日から凶暴化した、という理由も納得がいく。
リエティールは穴の中をそっと覗きこむ。小さな木漏れ日の一つも入り込まないその内部は想像を絶するほど暗い。そこまで大きくなく閉鎖的な場所であるゆえに余計そう感じさせるのだろう。
そして、目的の魔操種はその穴の中心部に鎮座していた。
その体は巨大化した球根のようで、そこから軟体生物の触手のような根に見える器官を何本も伸ばし、一部は地面に突き刺さり、残りは地上で蠢いている。
そしてその体の頂点から茎のような首のようなものが太いものが一本、細いものが二本伸び、中央にある太いそれの先端には巨大な花が咲いていた。禍々しいその中心には口のような穴が開いている。
魔力はその口へと流れて行っており、ある程度が含まれるとまるで咀嚼するかのように花びらを閉じ、暫くするとまた開いて吸収が再開された。
残りの細い茎の先端にも、大きさは小さいが似たような花が咲いており、そちらは口ではなく目のようなものが中心でギョロリと動いていた。
「……っ!」
その目が、リエティールの姿を捉える。そして一瞬の沈黙の後、
「ガシャアアアァァッッ!!!」
と激しい咆哮をあげ、魔操種は根のような触手を激しく暴れさせた。
巨大な根自体も当たれば危険だが、それ以上に周囲の床や壁が叩きつけられる方が遥かに危険であった。何故なら、表面が崩れて穴が露出するほど、今は嵐の影響で地盤が緩んでいるはずなのだ。あまり激しい動きが続けば、穴が崩れてリエティール諸共生き埋めになってしまうだろう。現にパラパラと土の落ちる音が周囲彼方此方から聞こえてくる。
魔操種を生き埋めにすれば、とも考えたが、いつどのタイミングで崩れるか予測できない以上、逃げるタイミングも分からない。リスクが高い手段よりも、自分の手で確実にしとめる方法をリエティールは選択した。
リエティールは槍を構え、襲ってきた根を切りつけた。根からは薄緑色の液体が血のように噴出し、
「ガ、ギシャアアッ!」
と魔操種が叫ぶ。そしてリエティールを本格的に敵と認識したのか、ただ暴れさせていただけの根の狙いも全てリエティールに向く。
全ての根に対処するため、リエティールは魔法で迎撃をしようとする。イメージするのは自身を囲む棘のついた氷のドーム。以前ニログナの攻撃から身を守るために使用した魔法よりも更に頑丈に、鋭い棘を無数に配置し、防御しながら反撃をする算段である。
そして、いざそれを実行しようとしたところで、
「……えっ?」
と、驚きの声を漏らす。その直後、イメージどおりの魔法が構築できないままの状態で、根が一斉に襲い掛かる。
「ぐうっ!」
一部がかすりつつも、飛び退いて地面を転がり、何とか直撃は免れた。先程まで彼女がいた場所には、不完全な氷のドームの破片が散らばっていた。
「おかしい、魔力が……っ! まさか、そういうことなの……?」
魔法の構築が上手くできなかった原因を考え、リエティールははっとする。
海竜によって力が解放された今、先ほどのイメージどおりに魔法を発動する事は不可能ではないはずであった。しかし、発動しようとした瞬間必要な魔力が不足しており、結果として不完全な状態で発動してしまったのだ。
その原因は魔操種が魔力を吸収してしまったからだ。魔力が体外に流れ、魔法として構築されるその僅かな隙に、魔操種の能力が一部の魔力を吸い寄せたため、イメージとの齟齬が生じ、上手くいかなかったのである。魔操種の巨大な花を見ると、花弁を閉じて咀嚼しているところであった。間違いなくリエティールの魔力を奪っている。
厄介な能力であることを認識し、リエティールはギリっと奥歯を食いしばり、立ち上がって再び魔操種へと立ち向かった。
 




