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氷竜の娘  作者: 春風ハル
243/570

242.暗闇の中で

 森の中はしんと静まり返っており、少し進むだけで生い茂った木々が光りを遮り、朝だというのに日暮れのように薄暗くなった。

 その中をリエティールは目を凝らしながら慎重に進んで行く。人が踏み込んでいたためか地面の草がはげて道になっており、幸いそこを逸れなければ帰り道に迷う心配はなさそうであった。

 先ほどから感じている謎の違和感の正体を探るためにも、神経を研ぎ澄ませていると、不意に森の奥からガサガサと草を掻き分けて何かが走る音が聞こえてきた。その音は近付いており、明らかにリエティールを目掛けている。


「ガウゥッ!」


 草むらから飛び出してきたのは、案の定一匹のティラフローであった。

 話に聞いていた通り、その体毛は夜空のように深く黒々としており、木から漏れ出る僅かな光によってその上に小さなきらめきを浮かべていた。爪は冷たい三日月のように澄んだ銀色をしており、瞳は暖かい満月のような金色をしている。その姿はまさに星空をそのまま切り抜いたように美しい姿をしていた。


「きれい……」


 突然吼えながら飛び出してきたというのに、リエティールは微塵の恐怖も感じずに、逃げることも忘れてただその美しさに感動していた。

 ティラフローはそんなリエティールに対して鋭い牙を剥き出しにしながら唸っていたが、ふと目があった瞬間、ピクリと耳を動かして唸るのを止めた。

 エスロが暴れ、ニログナが逃げ出した時のように、ティラフローも混乱してどこかへ行ってしまうのではないかと思いつつも、リエティールは慌てて気を取り直し自身もすぐに逃げられるように慎重に構える。

 だが、ティラフローはその場から動かずにじっとしているだけであった。体を低くし、耳を平らに伏せ、尾を後ろ足の間に巻き込んで明らかに怯えているものの、まるでリエティールを見定めているかのように、目を合わせたまま動こうとはしなかった。

 そんな予想外の反応にリエティールは驚き、そして不思議に思い見つめ続けた。

 そうして暫しの間静寂が続いた後、先に動いたのはティラフローであった。


「アオーン!」


 伏せていた身を怯えながらも起こすと、ティラフローは高く遠吠えをした。ついぼうっとしていたリエティールは、その声にはっとして再び逃げられるように身構える。

 吼えたティラフローは再びリエティールと見つめあう。その目は怯えを現しつつも、どこか強い覚悟を感じさせるような色も伺えた。思ってもみなかった状況になり、とにかく一度逃げるべきかとリエティールは考えたが、そんな目で見つめられたことでその気も薄らいでいった。

 遠吠えから少しすると、再びガサガサという音が遠くから聞こえてくる。そして右と左、それぞれ一匹ずつのティラフローが飛び出してきた。

 後から現れた二匹もまた、リエティールの目を見るとびくりと体を弾ませて怯えた様子を見せたが、最初からいた一匹と同様に逃げる事はしなかった。


「ワフ、ワフ」

「ワオン」

「ワウ……」


 三匹は話し合いでもしているのか、リエティールから目を逸らして集まり、何かの言葉を交わしていた。

 リエティールはいよいよ本格的に困惑していたが、じっとしているのに耐え切れなくなりかけたところで三匹がいっせいに彼女の方へと向き直った。その目からは先程よりも恐怖が薄れており、覚悟の色が強くなっていた。


「アオン」


 一匹がそう小さく鳴くと、残りの二匹は別の場所へと姿を消した。そして残った一匹はリエティールに背を向けると森の奥へと歩き出す。

 リエティールが呆然とそれを見ていると、そのティラフローは途中で振り返り、


「ワウ」


と小さく鳴いて尾を軽く振った。言葉はわからないものの、それが「ついてこい」というような意味である事は何となく読み取ることができた。

 再び歩き出したティラフローの後を、リエティールは見失わないように追いかける。道をはずれ、どんどんと暗い森の中へ進んでいくことに不安も覚えたが、僅かな光さえあれば強く煌くティラフローの輝きが道しるべとなって常に視界に入っていたため、気がつけば不思議と不安はなくなっていた。


 深く草木が生い茂り、辺りは日没後のような暗闇に包まれていた。そんな闇の中を、リエティールは小さなきらめきを追って歩く。最早足元も薄ぼんやりとしか分からない森の中を、ティラフローは迷い無く進んで行く。

 するといきなり、目の前に眩い光が現れた。ずっと暗闇を進んでいたため、思わず目を逸らしたリエティールであったが、薄目を開けて徐々に目を慣らしていくと、そこは少し開けた空間で、真っ暗闇の中に木漏れ日が真っ直ぐ降り注いでいる場所であった。

 その光の中心部に、何か黒いものが横たわっている。


「クウン、クゥン……」


 ティラフローはそれに駆け寄ると、鼻先を摺り寄せながら悲しげな声でか細く鳴いた。

 リエティールはゆっくりと近づいてみると、その物体がここまで出会ったティラフローよりも大きいティラフローのような生き物であることに気がついた。


「……もしかして、親?」


 リエティールの言葉を理解しているのかしていないのか不明だが、その呟きにティラフローは振り返ると、再び「クウン」と小さく鳴いた。横たわった大きなティラフローはぐったりとしており動かない。

 ティラフローの懇願するような目に、リエティールは小さく頷いて側へと近付いた。

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