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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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23.燃え盛る炎

 宿屋に戻り、鉄の箱から出てきたその姿を見て、男二人は困惑した。さらにそれから「だして、だして」と念話が送られてきたことには困惑を極めた。二人は同様しつつも言葉を交わす。


「なあ、どういうことだ、こいつ……」

「知らねえよ……この鱗、翼、それに念話……」


 二人が思い浮かべた言葉は同じであった。彼らは無垢種ラミナのこと以外にも当然色々な生き物についての基礎知識は持っていた。勿論、古種トネイクナに関しても、それらがどんなに強大な力を持ち、どんな姿をしていると言われているのかということも、確かに知っている。

 見た目は小さく幼いが、真白な鱗に光の皮膜の翼、白い目を持ち、そして念話と言う人間ナムフにとっては未知の能力を持っている。

 二人はとんでもないものを捕まえてしまったと、身震いをした。


「なあ、不味いんじゃないか、これは……。 はやく禁足地オバトに返そう」


 これは少なくとも古種と浅からぬ関係がある、と考えた細身の男は、蒼褪めた顔でもう一人に言う。古種の怒りに触れるなど真っ平だ、と訴えるようであった。

 それに対して、赤茶の髪の男もすぐに同意しようとしたが、そこでふと考えるような仕草を見せた。中々返事をしないことにじれったさを覚えた細身の男は、「おい、何してんだ」と催促するように苛立ちを含んだ声で言う。それに対して、赤茶の髪の男は妙に冷静な声で言った。


「なあ、こいつ自身が氷竜エキ・ノガードってことは、この檻から自力で脱出できない時点で有り得ないだろ?

 それに、もしこいつが氷竜の庇護下にあるような存在だったとしたら、こいつが一人で勝手に行動したり罠にかかって動けなくなってる時点ですっ飛んでくるだろ。 古種はこの世で一番高位の存在なんだ。 それくらい普通できるに決まってるだろ?

 だけど、氷竜は今になっても来ていない。 それはつまり……こいつは氷竜から独立したか、同種で無関係の存在だ」


 そう言った男は、にやりと口元を歪ませる。それは珍しい無垢種の捕獲に成功したときと同じ、嫌らしい笑みであった。それに釣られるように、細身の男もおかしな笑いが漏れる。

 それはただ、「古種の怒りに触れたくない」という逃避からきたこじつけの思考に過ぎなかったのだが、たとえ身に危険が迫ろうと、珍しい生き物の捕獲をしたいという欲で動いてきた男にとっては、この他には無い生き物を我が物とする為には十分な理由となった。

 男達には、まさか頂点の存在として考えられている古種の氷竜が、老いによって弱っているということなど、想像することは不可能であった。


 そうと決まれば、と二人は檻を宿の庭へと運び出した。この生き物が持っている魔法能力が氷竜と同様だと仮定し、それを確かめるためであった。


 その間も、子竜は抵抗し続けた。檻の中で暴れ回り何度か檻を落とさせたが、脱出はできない。それどころか男達は格子の隙間から短剣を差し入れ、下手に暴れることもできなくさせてしまった。子竜はただ只管、助けを乞いながら怯えることしかできなかった。


 庭に出た男達は隅に檻を下ろし、ふうと一息ついた。男が差し入れていた短剣を回収すると、子竜は檻を倒さんとする勢いで格子の隙間から鼻先を出して、


「キュウ! キュウ!」

(助けて! 助けて!)


と大声で鳴いた。二人は慌てて黙らせようと再び顔付近に短剣を差し入れる。怖がった子竜は檻の奥に引っ込むが、その様子に気がついた宿の客がちらほらと顔を出す。宿の前を偶然通りかかっていた市民や商人も、一体なんだと近寄ってきた。

 こうなってしまうと、男達はもう隠すことはできない。寧ろ、今まで何度もショーを開いてきた二人は、こうして注目されると逆に興に乗ってしまうのだ。耐え切れなくなった赤茶の髪の男が、まるで本当のショーのように大げさに両手を広げて、高らかに声を上げるする。


「さあさ皆さんご刮目! ここにご覧に入れますは、なんと珍しいノガード類でございます!

 しかもただの竜類ではありません! なんとなんと、あの「氷竜の禁足地オバト」で捕獲された、氷竜の幼体であります!」


 氷竜の幼体、という言葉に周囲はざわつく。古種と言う存在は人間ナムフにとって恐れるべき存在なのだ。男達が最初に想像したように、人々もまた氷竜の怒りを恐れているのだ。怒号を上げたり、その場から慌てて逃げ出そうとする者も現れて、混乱が発生しかけている始末だ。

 しかし赤茶の髪の男は片手を高く上げて、極めて穏やかな顔と口調で、先ほど細身の男に語ったことと同じ内容を口にする。

 冷静であれば、その考えが無理矢理納得させようとしているような無茶な論理であることに誰かが気づいたかもしれなかった。しかし混乱が起きて焦っている人々は、何故かそれをすんなりと受け入れて落ち着いてしまった。捕まえた本人達がやけに落ち着いているということも要因となったのだろう。


 人々が落ち着いたことを確認してから、男は再び話し始める。


「では早速、この竜が氷竜と同じ力を持っていることを確認しましょう!」


 そう宣言した男が掌を前に差し出すと、彼の掌と同じくらいの大きさの炎が現れた。赤茶の髪の男は優秀な火の魔術師ストラでもあったのだ。そしてその炎に、細身の男が手を添えて念じると、ふわりと風が生まれる。同じように、細身の男は風の魔術師であった。

 風によって、炎が燃えるのにより最適な環境が整えられる。炎は男の生み出せる限界を超えて大きくなり、子竜の半分は覆えるほどの勢いで燃え盛った。これには周囲の人々も感嘆の声を漏らした。

 二人が若くして有力な調教師ニニヤートとして成功したのは、この炎による派手な演出も一役買っていた。


「皆さん、禁足地にある「氷の要塞」のことはご存知でしょうか。 氷竜が作ったといわれるその要塞の氷はいかなる炎でも溶けないのです。

 もしもこの竜が氷竜に連なるものであれば、この程度の炎など見事に防いで見せるでしょう!」


 男はそう言うと、手の上に燃え盛る炎を檻に向け、徐に近付いていく。子竜は炎を見るのは初めてであった。しかし、本能的にそれが危険であるということは理解できた。


 本来、氷属性は火属性に弱い。「氷の要塞」の氷が火に強いのは、それだけ氷竜が大量の魔力を込めて作った特殊な氷であるということだ。全盛期の氷竜の生み出す氷は、この世で一番強い火属性である火竜エリフ・ノガードの炎と相殺しあう。

 子竜は間違いなく氷竜の子である。しかし、それなりに成長したとはいえ、氷竜の力を受け継いではおらず、魔法の扱いは遠く及ばない。ましてや全盛期の力など、それこそ氷竜の全てを受け継いでから訓練でもしない限り、身につけるのは不可能だ。氷雪を退けるのがやっとであり、生み出せる氷も小さな礫程度である。目前に迫る巨大な炎を退ける術など、子竜は持っていない。

 しかし、男はそんなことは知らない。子竜が氷竜と同じ力を持っていると信じきっており、この程度の炎であれば防げると疑わない。


『やめて! やめて! こわい!』


 怯えて檻の隅に縮こまる子竜の叫ぶような念話なども、最早炎の接近を止めることはできない。


 氷は火に弱い。


「ギャアアアアアアア!!!」


 炎は子竜を包み込み、空気を引き裂くような悲鳴が轟いた。

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