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氷竜の娘  作者: 春風ハル
234/570

233.歪んだ愛情-1

 あるところに一人の娘がいた。その娘は早くに両親をはやり病で亡くし、祖父母に引き取られて育った。

 やがて祖父母もこの世を去ると彼女はついに一人になり、懸命に働いて生きていた。

 そんな彼女はとても気立てがよく、貧しいながらとても美しかった。彼女は常に目立たぬところにいたが、一人のエルトネの男が偶然彼女と出会い、そして恋に落ちた。

 男はとても人懐っこく、家族の存在に飢えていた娘はその男が発した「君と家族になりたい」という言葉に心を打たれ、喜びそのままの勢いで婚約をした。

 娘は、このまま温かい家庭を築き、新しい自分の居場所を得られるのだと、幸せな未来を思い描いた。


 程なくして、娘はその思いがそう簡単に叶うものでは無いと思い知ることとなった。

 娘と男は確かにお互いを愛し合っていた。だがそれ以上に、男は別の存在と強い愛情でつながりを持っていたのだ。

 それは男の両親であり、その両親は一人息子である男をひどく溺愛しており、男もまたその両親にべったりと甘えていたのである。

 彼の両親は、彼が娘と結ばれることを快く思っていなかった。それでも、彼が結婚したいと願ったので、それを叶えたのである。男がエルトネになることも嫌がっていたが、それも彼が願うと聞き入れた。彼らにとって息子がこの世の全てであった。

 彼らは娘が自分達の大切な息子を奪ったのだと思い、娘に対して冷たく当たった。男はそれを咎めるも本気ではなく、娘に対しても両親を気遣って欲しいと言うばかりであった。

 娘は困惑したが、それでも男が自分に向けてくれる愛情は本物であると感じていたため、彼の両親には逆らわず、ただ静かに家事をこなして暮らした。

 彼女は家族という居場所があるだけで幸せだと考えた。


 やがて娘と男の間に一人の子どもが産まれた。女の子であったその存在に、二人はエレフィと名づけた。エレフィは少し体が弱かったが、母親に似てとても可憐で愛らしい子どもであった。

 エレフィは自分に一心に愛情を注いでくれる母親のことが大好きな子どもに育った。

 勿論父親のことも好きではあったが、エルトネとして外に出ている時間が長くあったため、母親ほどではなかった。

 祖父母はエレフィに対して無関心であった。エレフィは構って欲しくて何度も会いにいったが、冷たくあしらわれるだけであった。

 どうしてそのように嫌われているのか分からないエレフィは、悲しく思いながらも母親の腕に抱かれてその愛を一身に受けた。それだけで寂しさはすっと消えていくのであった。

 そんなある日、エレフィは家の廊下を歩いていると、部屋の中から偶然にも祖父母が自分のことを話している声を耳にした。

 好奇心に駆られて、彼女は扉にそっと耳を当ててその会話を聞いた。


「あの憎い女と愛しいあの子との愛の結晶だなんて、言葉にするだけで気分が悪い」


「せめて男だったらもう少し使えただろうに」


 それを聞いたエレフィは、祖父母が自分を愛してくれないのは、自分が男じゃないからだ、と考えた。そして、男になれば祖父母も自分を好きになってくれると思った。

 その日からエレフィは「男になる」ために、様々なことを始めた。まずは形から入るために、服装は男物を好んで着るようになった。母親に頼んで伸ばしていた髪を短く切り、自分のことを、偶々外で聞いた男の名前を真似て「ダムイス」と名乗るようになった。

 外に出ては同年代の少年達と関わるようになり、その言葉遣いや態度を真似た。

 その変化に困惑していた母親に、エレフィはにっこりと笑ってこう言った。


「大丈夫、私が男になれば、おじいちゃんもおばあちゃんも私のことを好きになってくれるはず。

 そしたらきっと、おかあさんのことも認めてくれるよ」


 エレフィにとって全ては母親のためであった。時が経つに連れて、彼女の愛は母親だけに向き、母を傷つける祖父母のことも、守ってくれない父のことも、もはや愛してはいなかった。

 愛されたいと思うのは、ただ母を幸せにしたいが為であった。


 それから彼女は勉学に励むようになった。体が弱い彼女はエルトネになるのは難しいと判断し、代わりに知識をつければ別の形で家に貢献することができると考えてのことであった。

 この頃になると、彼女は自分の名がエレフィであったことも殆ど忘れていた。心配する母親にただ「大丈夫」とだけ答え、只管に勉強をした。

 励むにつれ、彼女の頭脳が天才的な能力を発揮するようになった。魔道具スルートに興味を持つようになると、市販品を買ってきてはそれを分解して研究し、より効率のいい仕組みを作り出すなどということをするようになった。

 まだ子どもであり、錬成術師ミクラルトでもない彼女の話題が外で噂になるようなことは無く、彼女もまたそれを誰にも自慢することなど無かったため、結局その功績が世間へ知れ渡ることは無かった。

 息子以外に無関心な祖父母が彼女の凄さに気がつくことは無く、冷え切った関係のままただ時だけが過ぎていった。

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