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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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22.閉ざされた場所

 子竜、エフナラヴァはこの上なく上機嫌であった。

 長い年月の間、ずっと出たかった外へとようやく出られたのだ。しかも自分のしっかりと考えた策に見事相手を嵌めての脱出だ。機嫌が良くならないわけがない。

 少女が遊んでくれることに不満があったわけではなかった。部屋の広さが窮屈だったわけでもない。ただ、限られた空間にいることしかできないことが嫌だった。壁も天井も、遮るものは何もない広い世界は、たとえ危険で殺風景なものであったとしても、子竜にとっては何よりも価値があるように思えたのだ。


 嘗ては障害であった深く積もった雪は、氷雪を退ける方法を見につけた子竜にとっては最早取るに足らないものであった。子竜が目の前の雪に「ひらけ」と念じれば、雪はさっと左右に分かれて道を作る。雪に遮られることの無くなった子竜の足取りは軽い。それに、体格も大きくなっているため、一歩一歩の進む距離も伸びている。

 以前は脅威であった雪原の凶暴な無垢種ラミナも今や恐るるに足らない。雪を掻き分けて走る無垢種よりも、雪の無い道を走る子竜の方が圧倒的に速いのだ。自分が通った後は再び雪を流し込んでしまえば、追いつかれる心配は無い。


 子竜は鼻歌交じりで雪原の中を進む。今までは氷竜エキ・ノガードの眠りが浅かったり、起きていることが多かったため、すぐに気がつかれてあっという間に連れ戻されることばかりであった。だが今回は、氷竜は深い眠りに落ちていて時間も真夜中だ。朝が来るまで氷竜が追ってくることはないだろう。

 一人で好き勝手に歩きまわれる自由な時間は、子竜にとって至福のものに思えた。


 だが、時が経つに連れて子竜は物足りなくなる。雪原には雪以外何もない。視界は吹雪に遮られ、少し先も見えず、景色は一定だ。

 雪原の無垢種もそう数が多いわけでもないので、殆ど遭遇しない。もしかすると今まで以上に距離を進んだため、住処となる領域を通り過ぎてしまったのかもしれない。追いかけてくる無垢種をからかって優越感に浸ることもできない。

 いつも遊んでくれる少女ねーさまもいなければ、怒りながらも心配してくれる氷竜かーさまも現れない。

 それに、歩き続けたからかお腹も空いてきた。子竜は口寂しくなり、目の前の雪を貪った。冷たく味の無いそれをいくら食べても、子竜は満たされなかった。


「キュウー……」


 それを見上げて弱弱しく声を上げる。しかしそれに反応するものはいない。


 そんな子竜の鼻が、何かの匂いを捉えた。子竜は鼻が利いた。すぐにそれが血と生肉の匂いだと気がついた。

 無垢種同士が争って血を流したのか、それとも雪によって何かしらの事故があったのか。なんにせよ、何か生き物がいるかもしれないし、その肉は食べられるかもしれない。

 寂しさと空腹に子竜は動かされ、微かな匂いを頼りに子竜は雪の中を駆け出した。


 子竜のたどり着いた場所には、小さな肉片が落ちていた。周囲の雪には僅かに血が滲んでいる。雪に半ば埋もれ姿を隠しかけているが、それは確かに肉であった。

 子竜はそれを、無垢種が獲物を捕らえた後の食べ残しなのだろうと考えた。そしてすぐに食べようと跳びかかった。


 その肉の断面がやけに綺麗で、毛の一本も残されていなかったことなど、子竜は気にも留めなかった。




***




「おい、罠が動いてる」

「本当か? 誤作動じゃないだろうな」


 朝早く、雪の中に揚がる旗を見てそう言葉を交わしたのは、若い男の二人組だ。一人はやや細身のオーカー色のまっすぐな髪をした男で、もう一人は平均的な体形の、癖のある赤みがかった茶髪の男であった。

 二人は若くして頭角を現した「調教師ニニヤート」で、野生の無垢種を捕獲して芸を仕込み、時には見世物としてショーを開き、時には従えた無垢種を使って魔操種シガムと戦うこともあった。あるいはその魔操種を捕らえ、別の魔操種での戦いで自らの手駒としてぶつけることもある。

 二人とも性格は大胆で、その調教の仕方も他の調教師に比べると厳しくやや度を越えたこともすることがある。しかしその分、鍛え上げた無垢種は巧みな体術を身につけ、他を圧倒した。


 今回二人が命の危険があるとされる「氷竜の禁足地オバト」の雪原に訪れたのも、そこに生息していると言われている肉食の凶暴な無垢種、雪原狼「ユンフロー」を捕獲するためであった。

 厳しい環境で生きる雪原狼は、肉食の無垢種の中でも特に気性が荒く、目に付く生き物は何でも追いかけ喰らいつく。そして食に対して非常に貪欲であり、肉の一片も残さず食べつくす。もしも目の前に肉片があろうものなら迷わず喰らいつくとされている。


 二人は前日に雪原を少し進んだ場所に、昨日の昼過ぎに罠を幾つか仕掛けていた。雪の中に埋める落とし穴のような罠で、餌に飛びつくと頑丈な鉄の箱の檻の中に落ちるという仕組みになっている。罠が作動すると目印として小さな旗が揚がる。雪の重みで勝手に作動してしまわないように思考と試行を重ねた渾身の罠であった。

 それでも試すのは今回が初だ。誤作動で旗が揚がっていることも有り得る。二人は慎重に旗の付近へと近付き、肉がなくなっていることを確認する。


「かかってるな」

「ああ、まさか最初から上手くいくとはな」


 二人にとって今回の仕掛けは誤作動をしないかを試すためであって、捕獲はあわよくば、といったところであった。

 というのも、本来ユンフローは雪原の外側には姿を現さず、この地点より奥地に住んでいるといわれている。通常はここまで出てくることは有り得ないのだ。


 二人は雪を掘り起こし、閉まった檻の蓋に開かないようにするための固定用の金具を取り付ける。しかしその作業中、二人は隙間から漏れでてきた鳴き声に首を捻る。


「おい、ユンフローってこんな鳴き声なのか?」

「いや、しらないが……他の狼類とは全く違うな」


 そう疑問を抱きながらも、檻に引き上げるためのロープをくくりつけ、引き上げる為に簡易的な滑車を設置する。檻の重さに加え、獲物と雪の重さがある。二人の単純な力で引き上げるのは無理だろうと思って用意していたものだ。

 準備が終わり、二人は一気に引き上げる。持ち上げられた檻が再び穴の中へ落ちないように、細身の男が檻の位置をずらして地面に下ろす。そうして素早く穴を埋め、二人で檻を囲む。

 箱の側面には小さな鉄の板が取り付けられており、スライドして外すことで中身が見えるようになっている。二人は顔を見合わせてその板を外す。

 だが、その瞬間二人が見たのは、ユンフローではなかった。


「は……?」


 二人は揃って口を開けたまま、頭上に疑問符を浮かべた。

 箱の中には確かにユンフローのような白い体の生き物がいるが、その体表は毛ではなく鱗のようで、それは見たことのない姿をしていた。箱の中から男達を見返し、何かを訴えるように「キュウキュウ」と鳴き声をあげた。


 しばし硬直していた二人だったが、見たことが無い未知の生き物にせよ、とりあえず野生の生き物を捕獲したことに変わりは無いため、とりあえず連れ帰ることにした。小窓からでは全容が見えないので、拠点としている宿へ戻り、そこに用意してある格子の檻へと移して観察しようという形になった。



 子竜の助けを求める鳴き声は誰にも届かぬまま、ドロクの町の中へと消えて言った。

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