223.進展を求めて
少女を見送った後、リエティールはこれからどうするべきか考えた。
少女が無事だったことを確認し一先ず安心したものの、事件の真相には全く近づけてはいない。今知っている事は事件の概要とぼんやりとした噂話だけである。
考えた結果、リエティールは事件に一番近いスラム街で聞き込みをすることに決めた。
しかし、今のままのリエティールが歩いていては、余所から来たエルトネであるという事は誰の目にも明らかであり、そんな様子でスラム街を歩いていれば、スラムの住民から目をつけられてもおかしくは無い。傍から見ればリエティールは少し身なりのいい少女でしかないため、襲われる可能性は十分にあった。
しかし、だからと言って適当に身なりを誤魔化したところで、子どもである事は隠しようが無く、却って襲われるリスクが高くなることも考えられた。
暫く悩んだ結果、リエティールはこのままの格好で歩くことに決めた。武器を持っていることが分かれば多少の牽制にはなるだろうと判断したのである。
それから、顔を隠すためにフードを目深に被り、リエティールはスラム街での聞き込みを開始した。
案の定、リエティールを子どもだと侮って襲おうとする人物が数人いた。そういった者は、大抵最初は大人しく話をし、去り際に背を向けたところで手を出す者か、隠しもせず正面から襲い掛かる者かのどちらかであった。
前者の場合、いずれも欲にまみれた表情を隠すことができておらず、リエティールでも流石に自分が狙われていることぐらいは察することが容易であった。そういう時は普通に背を向けて油断していると思わせてから、襲い掛かってきたところに振り返って槍の柄で思いっきり腹部を狙い叩きつけるのである。後者の場合も同様に、襲い掛かってきたと同時に反撃して返り討ちにすることで対処した。
いくら大人であったりしても、力が強くなったリエティールが、金属の棒である槍で全力をもって叩きつけたら一溜まりもないものだ。殴られた瞬間、皆声にならない悲鳴をあげて地に伏して悶絶するのであった。
一方のリエティールは、自分の身のことよりも槍の刃が当たってしまわないかということをずっと気にしていた。
そうした騒動もあったものの、聞き込み自体は無事に終えることができた。ひっそりと身を隠している者も多かったが、道端で横たわっているような者も多かったため、声を掛ける勇気さえあれば聞き込みは問題なくできた。中には心ここにあらず、といった人物も複数名いたが。
多かったのは、夜中に不意に誰かのひたひたという徘徊する足音が聞こえてくる、というもので、中にはこっそり覗いてみると、怪しく周囲を見回しながら歩く人影が見えた、というものもあった。
これだけの情報では、普通にスラムの住人が何かを探して歩き回っている、という可能性も否定できないのだが、他にも情報はあり、人が暴れるような物音や叫び声が突然したかと思うと、暫くしたら静かになり、その後引きずるような音が聞こえた、というものがあった。
こちらに関しては目撃情報が無かったが、明らかに事件になんらかの関係があるだろうとリエティールは考えた。激しい物音の後、引きずるような音が聞こえたというのは、犯人が誰かを襲い、気絶させるか何かをして連れ去っているのではないかと考えられる。
有用そうな情報はそれだけであった。内容としては、夜中にスラムで人が攫われる、という既に分かっている情報であったが、リエティールは自分の力で情報を収集できたこと自体に達成感を感じていた。
そして、この調子で事件を調べていけば、解決することもできるのではないか、と思っていた。
リエティールは昨日の噂話を聞いてから、領主がこの問題のために兵士を動かしてくれることには期待していなかった。だからと言って、このままモヤモヤした気持ちを抱えたまま町を後にするのも気が引けていた。
そのため、自分の力で少しでも事件の調査を進めたい、という思いが強いのである。なので、自分にもできることがある、と分かっただけでもリエティールには嬉しいことであった。
結果として事件自体に大きな進展は無かったものの、リエティールは「明日も頑張ろう」という気持ちを抱きながら宿に戻るのであった。
その夜就寝の前に、リエティールはワンピースとタイツを自分の前に並べていた。服は予備の物を着て、部屋の扉は内側から鍵を掛け、窓のカーテンはしっかりと締め切っている。
ずっと魔法を掛けることを忘れていたその二つに、再び忘れる前に魔法を掛ける事にしたのである。
リエティールは二枚の鱗を自身の体から引き抜いた。やはり激痛が走るが、以前ほどの痛みではなかった。力が解放され肉体が強化されたことで、多少痛みに対しても耐性ができたのだろう。そのことに少し安堵しながらも、リエティールは魔法を行使するため準備をする。
今回二つを同時にやろうと試みたのは、力が解放されて同時に使える魔力も増えたということを確認するためであった。今なら二つ同時でも大丈夫だと、そう直感していたためである。
以前と同じように、自分の意識を希薄に、そして魔法を使う氷竜の記憶を呼び起こす。
やがて鱗が輝きながら糸へと形を変え、ワンピースとタイツへ吸い込まれるように編みこまれていく。淡い光を放ちながらするすると糸が入っていき、やがて収まると、リエティールは汗を浮かべて床に崩れるように座り込み、大きく息を吐き出した。無事に魔法を使うことはできたが、疲労感から察するにかなりギリギリであったようだ。
息を整えてから彼女が確認すると、そこには無事に魔法が掛かったワンピースとタイツがあった。
「あっ……」
しかし、確認したリエティールは残念そうに声を上げる。ワンピースは無事に成功したものの、タイツの方に問題があったのだ。
リエティールの意図としては、破れてしまった箇所を自動的に修復し、レギンスのような形になってほしかったのだが、仕上がったタイツは穴が完全に塞がってしまっていた。これでは履くことができない、とリエティールは困ってしまった。
どうしたものかと暫くの間悩んでいたが、突然一つの案を閃いて、リエティールは早速それを試すことにした。
タイツに手を触れながら、編みこまれた魔法の糸一本一本へと意識を向ける。意識を向けると、そこへ魔力の流れを感じ取る。
リエティールは魔力の繋がりを感じながら、自身の頭の中に理想の形を強く思い浮かべる。すると、魔法の糸はそれに応えるように形を変えていく。
そして穴の塞がっていたタイツは、見事リエティールの想像通りの形へと変化したのである。
「やった!」
思惑通り成功したことに小さく喜びの声を上げるリエティールであったが、直後ふらふらと足元が覚束なくなり、そのままベッドへと倒れこむ。一度に大量に魔法を使いすぎたため、精神的な疲労が溜まりすぎたせいであった。
リエティールは自身を襲う強大な疲労感に抗うことができず、そのまま泥のように深い眠りへと落ちていった。




