218.魔法薬と禁忌
手紙と地図を受け取ったリエティールは、セイネに王都行きのフコアックが出る場所を教わり、出発の準備を済ませた。道すがらにある魔道具を扱う店も幾つか教えてもらい、立ち寄りながら向かう予定である。
リエティールが出かける準備をする一方で、セイネは何かが入った箱や小瓶を机の上に出し、何かを作る準備を始める。
「何をしているんですか?」
リエティールが尋ねると、
「ああ、いや、イザルへの手土産を考えたんだけど、いいものが無くてね。 魔法薬を何本か持って行こうかなと思って」
とセイネは答え、箱を開く。中には一つ一つ綿で包まれた状態の命玉が大量に詰まっていた。彼はそれを取り出して机の上へと置いていく。
そこで、リエティールはこんなことを口にした。
「魔法薬の作り方って、なんだか……原始的? ですね」
魔道具を作る過程を彼女は魔法薬以外には風圧の衣しか見てはいないのだが、それと比較しても、魔法薬の作り方に対してそんな感想を抱いていた。
そんな彼女の言葉に、セイネは頷く。
「実は、魔法薬の作り方は、確立された遥か昔から全く変わっていないんだ」
「そうなんですか?」
意外な答えにリエティールは驚く。大昔から今に至るまでずっと作られてきた、人々にとって需要の高い魔道具であるのに、その製法が全く変わっていない、というのはいささか不自然さも感じられる。毛皮をなめすのに特殊な魔道具を使用していたように、普通であれば魔法薬作りもより便利な道具に置き換わっているべきであった。
そのことを分かっている、というようにセイネはこう続けた。
「例え、もっと簡単な方法や、魔力を効率よく摂取できる製法を発明したとしても、それを使う事は絶対に許されていないんだ。 それは錬成術師の間では禁忌になっているからね」
「禁忌……ですか?」
リエティールが聞き返すと、セイネは再び頷く。そしてその顔を神妙なものに変えて話した。
「大昔、魔法薬の製法が確立される前。 人々は魔法の力を手に入れるために命玉を取り込もうとして何人も、人ではない何かに成り果てて狂ってしまった。
やっとの思いで製法が確立されたものの、効率の悪さに当時の錬成術師達は満足せず、より効率の良い魔法薬を作ろうと躍起になった。
幾つもの改良薬が作られたけれど、どれもこれも安定した効果を出すことができなかった。 結局、また多くの人が狂ってしまった。
だから、もう二度とそんな悲劇を繰り返さないように、という理由で、魔法薬の製法を変える事は禁忌になったんだ。 もしそんなことをしたら……ただでは済まないだろうね」
セイネの話を聞いて、リエティールは昨晩見た氷竜の記憶を思い出した。セイネの話には具体的な内容は出てこなかったものの、彼が語った話はその記憶の出来事なのだろう、と推測する事は容易であった。
目の前で異形の姿に変貌していった人間は、成人した男のようであった。大人であっても、少し製法を変えられた魔法薬が原因になってあのように狂ってしまうのである。
リエティールは改めて、自分が氷竜の命玉を直接取り込んで無事にいられたことは奇跡なのではないかと思った。
あの時はただ、氷竜が大丈夫だと言ったために、その言葉だけを信じて実行した。だが、もしもそれが失敗して、自分が狂ってしまっていたら?考えただけでリエティールは無意識に体を震わせた。
「大丈夫かい?」
不意に身震いしたリエティールを心配してセイネが声を掛ける。自分がした話のせいで気分が悪くなってしまったと思ったのか、その顔は申し訳なさそうに眉を下げて、焦りを感じさせた。
リエティールはすぐに首を横に振って「大丈夫です」と返事をした。そして彼の様子を見て、このままここで考え込んでは余計に心配させてしまうだろうと考え、もう出発してしまうことに決めた。
「そろそろ行こうと思います。
沢山お世話になりました。 ありがとうございました!」
深々とお辞儀をするリエティールに、セイネはまだ心配そうにしながらも笑みを浮かべて、
「気をつけて。 皆によろしくね」
と言い、手を振って送り出した。
フコアックの停留所に向かいながら、リエティールは先ほどの続きを考えていた。
今まで聞いた話や記憶で見たことを合わせると、狂ってしまった人々はその肉体の変化が急激に起こったものだと考えられた。リエティールが古種に認められて解放されていくような、能力や肉体の変化が、普通の場合は最初から一気に起こるのである。
しかし、リエティールは狂わなかった。命玉による制限が正常に働き、耐えうるギリギリの限界までそれは抑えられた。魔操種が継承する際と同じ現象が起きているのである。
氷竜が言ったことによれば、継承の条件は精神の強さと同質の魔力を保有していること、の二つであった。しかし、それだけが条件なのであれば、精神を鍛え、同じ魔操種の命玉で作った魔法薬を摂取し続ければ、人間でもいずれ命玉を継承できるようになるはずである。
そして、このリエティールと同じ考えに至った人物は恐らく過去にもいたはずであろう。だが、それらしい話は聞いたことが無かった。
禁忌ができた後で公に実験ができなかっただけかもしれないが、リエティールは理由はそれだけではない気がしていた。
(魔操種が命玉を継承することと、人間が命玉を継承しようとすることの違いは……)
「……痛っ!」
考え事をしながら歩いていたリエティールは、街灯の柱に正面から衝突した。
ぶつけた額を撫でながら、とりあえず今は前を向いて歩こう、と考えを中断して歩き出すのであった。




