217.祖父への手紙
「そういえば、イザルの様子はどうだった?」
セイネにそう尋ねられて、リエティールはまだ昨日の出来事を伝えていなかったことを思い出した。それから、彼女はにっこりと笑みを浮かべて、
「料理がとっても上手で、おいしかったです!」
と答えた。
それを聞いたセイネは、直後目をパチクリと瞬かせて驚いた様子であったが、すぐに嬉しそうな、安堵したような表情になって、
「よかった、元気になったんだね。 ありがとう」
と言った。イザルのことをよく知っている彼としては、リエティールの返事の内容はとても意外なものであったが、同時に漸く彼が救われたのだということも分かり、それが自分のことのように嬉しかったのである。
それから彼は少し考える素振りを見せると、
「彼が元気になったなら、手土産でも持って久しぶりに会いにいってみようかな」
と呟き、それから何か無いかと近くの棚や積み上げられた箱の中を覗きこみ始めた。相変わらず、彼が手に取るそれが魔道具なのか否かは、リエティールにはわからなかった。
がさがさと物を漁りながら、セイネはふとリエティールにこう尋ねた。
「ところで、君はこの後どこへ向かう予定なの?」
その問いに、リエティールは少し考える。元々はこうして魔道具のことを満足するまで見聞きすることが出来たら、魔操種の討伐などで訓練をしつつ南下して、天竜の禁足地へと向かう予定であったが、セイネやイザルから聞いた話によって、もっと知りたいという知識欲も高まっていた。
そうして考えた末に、リエティールはこう答えた。
「首都に行ってみたいと思います」
リエティールの言葉に、セイネはその理由に思い当たったのか、納得したような表情で頷く。
「イザルに研究機関の話を聞いた、ってところかな?」
セイネの言葉に、リエティールは頷いて肯定する。昨晩、イザルに魔法の研究機関についての話を聞いてから、今もまだずっと気になり続けているのだ。魔法に強い興味を持っているリエティールとしては当然のことだろう。
セイネもまた錬成術師である以上、首都に研究機関がある事は勿論知っており、リエティールが魔道具のことに興味を持っていたことから、そちらにも興味を抱くであろう事は容易に想像できた。
「とはいえ、研究機関は最先端の知識と情報が集まる施設だから、そう簡単には入ることは出来ないんだけど……」
そのセイネの言葉に、リエティールは途端に悲しそうな顔になる。当然と言えば当然のことで、そう簡単に国にとって、または世界にとって重要な施設に入れるわけも無いのだが、もしかしたら見学ぐらいは出来るのではないかという淡い期待を抱いていたリエティールは、改めてはっきりと入れないだろうといわれたことに、少なくないショックを受けていた。
そんな彼女の様子を見て、セイネもまた気の毒そうな顔になる。しかし、すぐに表情を明るく変えると、リエティールに「大丈夫」と言った。どういうことかと不思議そうに顔を向けるリエティールに、セイネはこう続けた。
「私は名誉錬成術師で、祖父もまた名誉錬成術師。 名誉錬成術師って言うのは、研究機関でもそこそこの権威を持っていてね、見学のための紹介状を書くことくらいはできるよ」
そのセイネの言葉に、リエティールはぱっと明るい表情になる。つまり、セイネが紹介状を書いてくれれば、見学できる可能性はグッと高くなるということである。
勿論書いてくれるよね、というような強い期待のこもった目線でみつめるリエティールに対し、セイネはあまりの気迫に思わず後ずさりそうになりながら苦笑いをする。
「まあ、私が書いてもいいんだけど……私よりも祖父、トファルドの名前で書いてもらったほうがもっと確実になると思うよ。 今じゃ名ばかりの貴族当主で、趣味で魔道具を作っているだけのような人だけれど、錬成術師の間じゃかなり高名な人だから」
そう言われ、リエティールも確かにその方が良さそうだと納得して落ち着く。リエティールの気迫が落ち着いたことで、セイネもまたほっと一息つく。
「前にも言ったけれど、祖父は首都で暮らしているから、地図を描いてあげるよ。 それと、君が突然押しかけて訝しがられないように、手紙も書くから、ちょっと待ってて」
セイネはそう言い、リエティールにソファで待つように指示してから、彼自身は机に向かい、紙とペンを手に取る。リエティールは地図と手紙を待つ間、机の上に布をかけて置かれていたお茶菓子を食べていた。
暫くしてから、セイネは書き終えた地図と手紙をリエティールに渡した。手紙には複雑な模様の封ろうがついており、リエティールがそれを興味深そうに見ていると、
「それは送り主が私であるという証明をするためのものだよ。 簡単に複製されないように名前を記号化して複雑な模様にしているんだ」
模様は非常に精密で、よく見てみてもそれがセイネの名前だとはリエティールには分からなかった。だが、セイネの祖父や家族が見れば分かるのだろうと納得し、リエティールはそれを大事に仕舞いこんだ。




