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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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214.記憶の夢

『その、姿は……』


「ど、ら、ジル、ぶ……サま……ガ、アァ、アッ……!」


 氷竜エキ・ノガードは自らの目の前で変貌した人間ナムフの姿に絶句した。その人間は、苦しみ踠きながら、やがて地面へと倒れ臥した。

 あまりにも醜い姿で息絶えたその人間を、別の人間がすぐさま駆けつけて確保する。その人間も、周囲で見守っていた人間も、顔に恐怖や混乱という感情を露にしており、一部ではパニックも起こっている。

 息絶えた人間の体は、所々から白い羽根が疎らに生え、口元は固く変質し歪み、脚は年寄りのように皺だらけになり、爪が歪に鋭く湾曲していた。

 その亡骸を抱え上げた人間の男は、怒りの形相で周囲に怒鳴る。


「誰だっ! 誰が魔法薬スタールの製法を勝手に変えた!?」


 しかし混乱し騒ぎ出した人々にその声はまともに届かず、答えるものは誰一人として存在しなかった。

 そんな現状に、呼びかけた人間は怒りに肩を震わせ、次に氷竜を振り返り、焦りと畏怖に染まった顔で弁明する。


「ドラジルブ様っ! 違う、違うのです! こんなはずでは無かったのです!

 安全な魔法薬は確かに完成しています! ですが、何者かが約束を破り、製法を変えたものをこの者に渡したのです!」


 必死に訴えるその男の顔をじっと見つめ返してから、氷竜は騒ぐ人々へと目を移す。

 そして、その前脚を一つ持ち上げ、地面を踏み鳴らした。そこから人々を包むように冷気が広がると、騒いでいた人々は一様に縮み上がり、口を噤んで氷竜へと向き直った。その顔はすっかり蒼褪めていた。


『誰だ、正直に名乗り出よ。 名乗り出ずとも、いかなる手段を用いてでも必ず見つけ出す。 今名乗り出るのであれば言い訳も聞いてやろう』


 その言葉は直接口から発されたものではないものの、聞いたものを恐怖で支配できるほどの激情が込められていた。

 そしてすぐに、一人の中年ほどの男が氷竜の前に飛び出してきて、雪の地面へと頭をこすり付けて謝罪の意を露にする。


「申し訳ございませんっ! 私が、私が勝手に製法を変えたのです!

 ドラジルブ様に、少しでも良いものをお見せしようと考え、誰にも言わず独断で製法を変え、その者に渡したのです!

 本当に、本当に、私は愚かなことをいたしました! どのような罰も受け入れる所存です……!」


 そう口にする男の姿を見て、一番驚きを露にしたのは、呼びかけていた男であった。


「貴方は……そんな、一体何故!?」


 聞けば、この謝罪している男は、魔法薬の開発をした人間その人であると言うのである。安全な製法を確立できたことを何より喜び、誇りに思っていたその男が、まさかこの大切な場面で危険を冒すなどと、誰も想像だにしていなかったのである。

 その話を氷竜が聞いたあと、開発者の男はこう言った。


「私は調子に乗ってしまったのです。 無事に開発できたことで有頂天になり、自分はもっとできると過信してしまいました。

 この大切な場でこのようなことをしたのも、自分なら事前確認などせずとも一回で全て上手くいくと思い込んでいたためです。

 どうか、どうか……この愚かな人間に罰をお与えください……!」


 そう言って男は、地面に擦り付けている頭を寄り一層強く、血が滲むほど地面へと擦る。周囲の人間達の表情も、先程までの驚愕のものから、哀れみや蔑みへと変わっていた。


『……顔を上げよ』


 氷竜の言葉に男は顔を上げる。その顔は雪と涙と泥でぐちゃぐちゃになっていた。そんな男に対して氷竜はこう続けた。


『お前が心から後悔し、反省しているということはわかった。

 そこでお前に命じる。 お前はこれから生涯を掛け、魔法薬の安全性を確立するために尽力するのだ。

 自らを戒めとし、今回の出来事を伝え、人を集め、規則を作り、二度と過ちを犯すことの無いよう努めよ。

 手を抜くことは許さぬ。 できるな?』


 その言葉に、男は一度止まっていた涙を再び流しながら、


「はい……はいっ! ありがとうございます! 生涯を掛けて、必ずや安全を確立するための組織をつくってみせますっ!」


と感謝と誓いを口にするのであった。




***




「──っ!」


 ガバり、とリエティールは飛び起きた。それから数秒呆然とした後、今自分がどこにいるのかを漸く思い出して冷静になった。


(今のは、夢……じゃない。 母様の記憶)


 その記憶の様子は、今までよりもはっきりと、情景から感情まで鮮明に感じ取ることができた。

 思えば、海竜リム・ノガードに認められてから、今回が最初の睡眠であった。命玉サールの制限が軽減されたことで、今までしっかりと思い出すことのできなかった記憶の細部まで思い出すことができるようになったのだろう。夢を見たのはその影響である、とリエティールは考えた。

 それから、リエティールは自分がベッドで寝ていたことに気がつき、イザルが自分を寝かせてくれたのだろうかと思い、お礼を言うためにイザルを探して立ち上がった。

 しかしソファを見てみると、そこにはイザルが使っていたのであろう毛布が残されているだけで、イザルの姿はどこにも見当たらなかった。

 テーブルの上には「朝食」とだけ書かれたメモと二切れのヒドゥナスが置かれており、リエティールは一先ずそれを食べてからイザルを探そうと考えた。

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