208.魔法薬の作り方
宿泊場所についての話は一段落し、セイネはティバールの皮を入れた桶を部屋の隅に移動する。そして次に、レビル・ビパックの命玉を手に取った。
「今日のところは、この命玉を魔法薬に加工するところまでかな」
「近くで見てもいいですか?」
命玉がどうやって魔法薬になるのか気になったリエティールがそう尋ねると、セイネは少し悩んでからこう答えた。
「見ているのは構わないけど……ちょっと忙しくなるから、手がぶつからないくらいのところにいてね」
リエティールはそれに頷いて、離れつつも手元がよく見えそうな位置を探り、静かに見ていることにした。
リエティールが落ち着いたのを確認し、セイネは早速道具を手にとって作業を開始する。
まず手に取ったのはハンマーであった。もう片方の手には分厚い手袋をはめ、布で包んだ命玉を指先でしっかりと掴むと、
「えっ?」
ハンマーは命玉目掛けて真っ直ぐに振り下ろされ、小気味の好い音を立ててバラバラに砕け散ったのである。ハンマーを持った時にまさかとは思ってはいたが、そのまさかが本当になるとは思っていなかったリエティールは、思わず驚きの声を上げてしまった。
しかしセイネはその声に反応することなく、砕けた命玉を脇にあった装置の中へと入れていく。彼がその装置についているハンドルを回すと、ゴリゴリという音がそこから響いた。
十数秒ほどそれが続いた後、セイネは装置についている引き出しを開ける。その中にはキラキラと輝く、粉末状になった命玉があった。
見事にサラサラの粉になった命玉を小さな器に入れ替えると、リエティールが買ってきたネットナックの水の小瓶を手に取り、それを数滴垂らし入れた。
普通の砂と水であれば、水が砂に吸収されるものだが、命玉の粉末に落ちたネットナックの水は滲み込むことは無く、寧ろ逆に命玉の方が水の方へと溶け込んでいき、最終的にぼんやりと光る濁りのある水がそこには出来上がっていた。
「ふう、とりあえずここまでくれば一息つけるね。 これが、魔法薬の原液だよ。」
力を抜き息を吐きながら、セイネはそうリエティールに声を掛ける。そのリエティールはというと、砕かれた時の衝撃のままポカンと口を開けているままであった。
そんな彼女の肩をセイネが指先で軽くつっつくと、はっとして瞬きをして我に返った。
「あ、ご、ごめんなさい、びっくりしちゃって……」
「そんなにびっくりした?」
セイネの問いに、リエティールは頷く。
リエティールは、命玉というものは、少しでも深めの傷がつけば価値がゼロに等しくなると「魔法学習」の本で読んでいた。その理由は、傷口から魔力が漏れ出してしまい、時間が経つほど内包されている魔力が少なくなってしまうためである。ティバールを倒す時も同じことを考えて、狙いを右目に限定していた。
なので、リエティールはてっきり、命玉を何らかの手法で溶かしたりして液体へと変えるものだとばかり思っていたのである。
「命玉は傷がつくと価値がなくなるって……」
「勿論、傷がついた状態で時間が経つと、命玉の価値は無くなってしまう。
でも、魔法薬にするためにはこの工程が一番重要なんだよ」
リエティールの言葉に頷きながら、セイネはどういうことかを説明する。
「命玉をそのまま人間が吸収しようとすると、気が狂ってしまうっていうのは知ってるよね?」
「……はい」
リエティール自身はその例外であったのだが、ここで否定すると話がややこしくなってしまうため、素直に頷いて同意する。
「その原因は魔力という異物に対する拒絶反応ともう一つ、命玉の中に詰まっている記憶などの精神情報だ。 それを取り込んでしまうと人間の脳では処理がしきれずに狂ってしまう。
けれど、物理的に砕くことで、その情報もバラバラになることが判明したんだ。 細かく砕けば砕くほど、それも同じように粉々になり、粉末レベルまで砕くと、もはや何の意味も成さなくなる。
つまり、命玉を砕いて磨り潰すという工程は、気を狂わせる原因を取り除くという工程なんだ」
「なるほど……でも、やっぱり魔力も無くなってしまうんじゃないですか?」
魔力は傷口から漏れ出るものであるなら、細かく砕かれれば砕かれるほど、その減少の量も凄まじいものになるはずである。魔力が減ることで拒絶反応が起こらなくなるにしても、なくなってしまえば価値もなくなる。その疑問を口にすると、セイネは「その通り」と頷く。
「勿論、この工程で命玉に含まれる魔力は著しく減少する。 だからこそスピードが求められるんだ。
そこで登場するのがネットナックの水、というわけだよ。 この特殊な水は、砕かれた命玉を吸収して溶かし、魔力を定着させる効果を持っているんだ。
この時に対応する属性じゃないものを使ってしまうと、ちゃんと定着しなくて駄目になってしまうんだよ。
逆に、この工程が無事に終われば、もう焦らなくても大丈夫ってこと」
ネットナックの水が入った小瓶を見せながら、セイネはそう説明する。リエティールも、それと魔法薬の原液が入った器を交互に見ながら小さく感嘆の声を上げ感心する。
「このまま飲んでもいいんだけど、味もないし舌触りもよくなくて美味しくないから、店に出回るものは飲みやすいように水で薄めて味付けしているんだよ。 一般的には果実水が使われているんだよ。
オーダーメイドの場合は味を変えることもできるけど、どうする?」
そう言い、セイネは棚からラベルの貼られた瓶を幾つか取り出して並べる。そこには果物の名前やエートなど、フレーバーの名前が書かれていた。
「えっと、よくわからないので、オススメで」
「じゃあ……人気もあるし、オギチイレブがいいかな」
セイネは一つの瓶を選び取ると、その中に入っていた液体と水を、割合を計りながら混ぜ、それを魔法薬の原液を小瓶に入れて混ぜ合わせる。
「はい、これで魔法薬の完成だよ。 氷の属性は珍しいものだから、扱いには気をつけるように」
そう言って手渡された小瓶を、リエティールは「ありがとうございます」とお礼を言って受け取り、鞄の中、もとい時空魔法の空間の中に仕舞いこんだ。
 




