207.泊まる場所
「ネットナックは変わった生き物でね。 個体によって作ることのできる魔法薬の属性が違うんだ。 しかも見た目は皆同じだから、実際に作ってみるまでわからない。
その代わり比較的頭が良くて、小さい体であるにも拘らず寿命は長くてね。 イザルのところにいるのは、皆彼の祖父が飼い始めたものなんだよ。 錬成術師御用達の店なら、大体の店が基本属性のネットナックを揃えているよ。
イザルの店の良い所は、光と闇のネットナックもいるって所かな」
作業机の上の桶に手を入れながらセイネはそう説明する。彼が何をしているのかというと、レフテフ・ティバールの皮を何かの液に漬け込んでいるところであった。
リエティールは何をしているのか気になり、ソファから身を乗り出して中を覗き込もうとする。それに気がついたセイネは、見やすいように体を動かして説明をした。
「皮なめしをしてるんだよ。 普通の道具でやろうとすると結構時間が掛かる作業なんだけどね、この液も魔道具の一種で、まあ、一晩しっかり漬け込めば大体完成、ってところかな」
「それじゃあ、完成するのは明日ですか?」
セイネの説明を聞いてリエティールが尋ねると、セイネは頷いて肯定する。それから、「そうか」と小さく呟くと、何かに悩むように顎に手を当てて首を捻った。リエティールがどうしたのかと尋ねると、
「いや、完成が明日となると、君にはどこか近くに泊まって貰わないといけなくなるなと思って。
でも、私の家はこんな有様だろう?」
と、苦笑して言った。確かに、この家の中は様々なもので溢れ返っており、眠れるところと言えば、リエティールの腰掛けているソファの上くらいだろう。
「……セイネさんはここで寝泊りしているんですか?」
とてもではないが、普通の人間が生活する空間とは思えない室内の状況を改めて見たリエティールがそう口にすると、セイネは自覚しているのか、口元に不適な笑みを浮かべつつ目を泳がせた。どうやら図星のようである。
そして二人ともが思っているように、この場所には人間が二人眠れるようなスペースはどこにも無い。例え物を片付けたとして、寝具の代わりになりそうなものは出てきそうにも無い。
「近くに宿は無いんですか?」
宿があるのであればそう問題ではないだろうと思い、リエティールが尋ねると、セイネは首を横に振って答えた。
「この辺りは住宅街だから、宿は無いんだ。 ドライグの方に行けばあるけど……そこそこ時間が掛かるだろう?」
ここまで来る道中はいろいろと話をしていたため、そこまで時間を気にしてはいなかったものの、実際には彼が言う通りそれなりに遠く時間が掛かっていた。それこそ、一時間も掛かりはしないものの、十数分で辿り着ける距離でもなかった。
セイネの答えにリエティールも困った表情を浮かべると、今度は打って変わって、セイネが何か閃いたように表情を明るくした。
「そうだ、イザルの所に泊めてもらえばいいよ。 お金も掛からないし、宿に行くよりずっと近いから」
「へ?」
思いも寄らないその提案に、リエティールは素っ頓狂な声を上げて驚いた。そんな彼女の気持ちなど気にする様子もなく、セイネはいい考えだとばかりに明るい調子で話を続ける。
「彼の店なら人一人泊めることができる場所はあるはずだよ。 私も何度か立ち寄ったことがあるけど、店の奥の居住スペースは綺麗に片付いていて広々としていたからね。
私からの頼みだって言えば、きっと彼も断りはしないはずだよ」
リエティールはその言葉に首を傾げる。店の外観は、看板周り以外は砂埃で薄汚れ、店の内部は薄暗く埃っぽく、商品は確かに綺麗に並べられてはいたが、とてもではないが綺麗好きだとは思えなかった。それに加え、イザル自身もめんどくさがりやそうな出で立ちで、綺麗な居住スペースの様子を想像する事は、リエティールにはとてもできなかった。
なにより、先ほどの無愛想な態度と素っ気無いやり取りで、リエティールにはイザルに対する苦手意識が植え付けられていたのである。できればあまり会いたい相手ではなく、泊まるなど恐ろしささえ感じてしまう。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、リエティールを見たセイネは不思議そうな顔をしてから、何かを察したのか苦笑を浮かべた。
「ああ、そうか。 時期が悪かったかな」
「時期……ですか?」
セイネの言葉に、リエティールが疑問を覚えて尋ねると、彼は頷いてこう答えた。
「うん。 そろそろ彼の祖父の命日でね。 この頃になると彼は人が変わったようになってしまうんだ。 本当は綺麗好きなんだけど……最低限のことしかしなくなっちゃうんだ」
そう言うと、セイネは心配になったのか腕を組み、「食事はちゃんとしてるかな」「ちゃんと眠れているかな」などと呟き始めた。
それを聞いたリエティールは、暫し不安げにしていたが、やがて意を決したように拳を握り、一人頷くと、セイネに向かってこう言った。
「イザルさんのところに泊まります。 それで、ちゃんとご飯食べてるか見てきます」
リエティールのその言葉に、セイネは驚いて顔を上げた。そして肩の力を抜くと、嬉しそうに顔を綻ばせ、
「ありがとう」
と言った。




