203.隠し事
下のドームに入っているエメレ鉱石の液体は白い霜を浮かべながら、沸々と湧き上がるようにその体積をドームの三分の一程の高さまで増していた。
それを見たシーは困った顔をしてリエティールを振り返り、
「この命玉って、物凄く強い魔操種のものだったりする?」
と尋ねた。それに対してリエティールは首を横に振って否定しつつも、内心ひやひやしていた。
というのも、判別測定器のエメレ鉱石の反応は、恐らく自分から漏れている魔力に反応しているせいだろう、と思ったためである。
勿論リエティールは今もできる限り魔力を抑えてはいるが、やはりどうしても外に漏れてしまうのである。更に、海竜に認められてたことで氷竜という存在により近付いたため、体内で一度に生み出される魔力の量がかなり増えていた。そのため、人間の姿を維持しながら押さえ込むことに対する負担も比例して上がっており、楽にしている状態では外に漏れる魔力量が以前にも増して増えてしまったのである。
気がついたものの、今から意識して押さえ込んだところでそれは返って不自然な現象だとシーに思われかねないと、リエティールは困っているのである。今はただ、これ以上漏れる量が増えないように意識して、シーの言葉を待つことしかできなかった。
シーは手に持った命玉と判別測定器を見比べて何度か首を捻り、やがて蓋をしなおした。すると反応は止まり、膨らんでいた液体は元の状態へと戻っていった。
「故障ではなさそうなんだけどな……ああ、これならどうだ?」
そう呟いて、再び蓋を取ったシーは、今度は命玉を上のドームに入れてすぐ蓋を閉めた。すると、蓋を開けると同時に膨らんでいた液体は、少しずつ萎んで、最終的に少し膨らんだ程度で止まった。
「やっぱり、この状態だとこの命玉だけの魔力をちゃんと測れるみたいだ……となると、この近くに多量の魔力を含んでいるものがある……?」
シーの呟きに、リエティールはドキリと冷や汗をかきながら、焦りを顔に出さないようにゆっくりと呼吸をする。だが、緊張のあまり体は硬直しており、振り返ったシーとばっちり目があってしまい、逃れることはできなくなってしまった。
「君、もしかして他にも命玉を持っていたりする?」
「へっ? あ、えっと……! は、はい……!」
声を掛けられ挙動不審になるが、シーの質問を落ち着いて脳内で反芻すると、自身に対する疑いを自然にずらす対象があることを思い出し、頷いて返答をした。
「それを見せてもらうことってできるかな?」
シーも、大量の魔力を含んだ命玉を他者へ見せるのには抵抗があるだろうと思い、その言葉はやや控えめな調子であったが、リエティールはなんとか確かな証拠を作ってこの場を安全に逃れたいと思ったため、気は進まなかったものの、コートの内側に入っていたペンダントを取り出した。
「これ、です……」
そう言って彼女はペンダントの蓋を開き、中に埋め込まれているエフナラヴァの命玉を見せた。
「これは……」
シーは驚いたように目を見開いて、それからじっと顔を近づけて見つめた。リエティールはもしかしたら、これが氷竜のものだとばれてしまうのではないか?と焦ったが、もうこうなってしまっては、やっぱり見せない、などと言うことはできず、ただ余計なことは言わないように、唇をかんで口を閉ざし見守っていた。
暫くして、シーはペンダントから顔を離した。その目には強い好奇心の色がありありと浮かんでいた。
「青みがかった、透き通った白。 大きさはそれほどでもないのに、引きこまれるような魅力を感じる……こんな命玉は今まで見たことも聞いたことも無い!
これは一体何の命玉──あ、いや、ごめんね。 これは聞くべきじゃないよね」
そう言って、シーは苦笑を浮かべる。どうやらこの命玉が貴重なものだという事は分かったようだが、氷竜とは結びつかなかったらしく、リエティールは内心ほっと一安心した。
「ごめんなさい。 これは、その……大切な物なので、内緒にしていたかったんです」
ペンダントを閉じて再びコートの内側に仕舞いこみながらリエティールがそう言うと、シーも一つ頷いて、
「確かに、そんな命玉を持ち歩いているなんて知られたら、エルトネや錬成術師、それ以外にも貴族なんかにも目をつけられかねないだろうことは分かったよ。 なんだかよく分からないけど、それからはとてつもないものを感じる。
私も、見たいだなんて言って悪かったよ。 このことは誓って誰にも言わないから」
と、頭を下げて謝罪をした。それに対してリエティールは首を横に振って、
「見せたのは私なんです。 そんな……顔を上げて下さい」
と声を掛ける。それと同時に、シーの真剣さから彼が心根から善人なのであろうと思い、少し安心感も抱いていた。
顔を上げたシーは、リエティールに小さく微笑みつつも、その顔には複雑そうな色を浮かべていた。そして、
「君の秘密を見てしまったのに、私だけ何も言わないのも……嘘をつき続けているのもよくないよね」
と言った。その言葉にリエティールは「え?」と思わず声を出して驚いた。たった今善人なのだろうと思ったと言うのに、まさか嘘をついていると言われるとは思っても見なかったからである。
ずっと騙されていたのだろうか?と、そう思うと、先ほど抱いたばかりの安心感はどこへやら、急に不安が募り始めた。
そんな風に表情を固くするリエティールとは裏腹に、シーは覚悟を決めたように目を閉じて一呼吸すると、柔らかな仕草で一礼してこう告げた。
「私はセイネ・イギードロップ。 命玉の魔力判別測定器の発案者であるトファルド・イギードロップの孫であり弟子、そして、現行の判別測定器の改良をした名誉錬成術師です」




