201.錬成術師の家
フードの人物に連れられながら、リエティールは町並みをキョロキョロと見回した。
今まで通ってきた町と比べると、落ち着いた雰囲気で閑静な空気が漂っており、行き交う人々もエルトネらしき人と同じくらい一般人のような人も見かける。
「じゃあ、約束通り自己紹介でもしようか。 僕のことは……シーって呼んで欲しい。 先も言った通り錬成術師だよ。
訳あって顔を隠してるけど……、工房についたらちゃんと顔を見せるから安心して」
「あ、私はリエティールといいます。 エルトネで、魔道具が見たくてこの町に来ました」
フードの人物、シーの自己紹介に続いてリエティールも名乗る。
「魔道具に興味を持ってもらえるのは嬉しいね。 僕は魔道具師だから」
「するーなん?」
魔道具を見たいというリエティールの話を聞いて、シーは嬉しそうに声を弾ませてそう言ったが、聞き覚えの無い「魔道具師」という言葉にリエティールは首を傾げる。
「ああ、錬成術師の詳しいことはまだ知らない? じゃあ教えてあげるね」
そう言ってシーは錬成術師という職について、詳しい説明を始めた。
錬成術師、というのは魔操種や動植物から採れる素材を使って特殊な何かを作る職人全般のことを指す言葉だと言う。
中でも、魔法を発動させる魔道具を主に作るのが「魔道具師」。傷薬や解毒薬のような薬を作るのが「調薬師」、魔操種避け等香りによって効果を引き起こすものを作るのが「調香師」と、細かく呼び名が分かれているのだという。
「まあ、大体錬成術師って言えば間違いじゃないから、そこまで気にする必要は無いかな。
……ほら、そろそろ着くよ」
話しているうちにだいぶ歩いていたようで、気がつけば二人は静かな住宅街の、少し薄暗い道に差し掛かっていた。人気がなく静けさが包むその場の雰囲気は、リエティールをどこか不安にさせた。
そんなおどおどとした表情に気がついたシーは、その口元に苦笑を浮かべてこういった。
「ごめんね、こんな気味の悪いところで。
でもこういう静かなところの方が人目を気にせず研究に没頭できるんだ。 このあたりの家は、人が住んでなさそうにも見えるけど、大体錬成術師の家だよ」
それを聞いて、リエティールは立ち並ぶ家を見てみる。しかしどの家の壁にも蔦が這い、窓はカーテンが締め切られており、砂埃で薄汚れた灯はもはや無人の廃墟にすら見え、その言葉が本当かどうかも怪しんでしまうほどであった。
そして、シーが「ここだ」と言った家もまた例に漏れず、それどころか他の家よりもより一層人が住んでいそうな外見ではなかった。玄関扉の脇に植えられている低木は伸び放題で、近付き難い雰囲気をこれでもかと放っている。
「……ここが本当にお家なんですか?」
嘘であってほしいという気持ちをありありと滲ませてリエティールがそう尋ねる。
「まあ疑う気持ちも分かるけど、そうなんだよね。 大丈夫、中はそこそこ片付けてあるから。
こういう外観だと、知らなかったら絶対入ろうとは思わないでしょ?」
確かにそうだけど、とリエティールは思いつつも、すんなりとは頷けず、「うーん……」と首を捻った。人が住んでいるといわれても入りたいとは思わないな、と続けて思う。
「さ、入って入って」
リエティールの気持ちを知ってか知らずか、シーは扉を開いてさあさあと入るように促す。
気が引けつつも、ここまで来たからには入らないわけには行かないと、リエティールは覚悟を決めてその向こうへと踏み入った。
家の中は、彼が言った通りそこそこ片付いてはいた。よくわからないもので溢れかえってはいるが、足の踏み場と座る場所は確保されていた。だが、物が多すぎてどれが普通の道具でどれが魔道具なのか、あるいはただのなんでもないものなのか、リエティールには見当もつかなかった。
リエティールはシーに促されてソファに座らされ、少し待つと彼はティーポットとカップを持って現れた。
「クリムエートだけど、飲める?」
「えっと……多分大丈夫です」
聞いたことが無いため、曖昧な返事を返すが、シーの入れたティーカップから漂う甘い香りがその小さな不安を解すように香った。
一口含むと、甘さの他に上品な、大人っぽさを感じさせる不思議な香りもいっぱいに広がり、リエティールはその複雑な美味しさに思わず顔を綻ばせた。
「よかった、口にあったみたいだね」
「はい、とってもおいしいです!」
その返事に、シーは満足げに頷く。そして、
「ああ、そうだ。 もうフードを被ってる必要も無いか」
と言って、被っていたフードを下ろした。すると、淡い青紫の、肩程までの長さの髪がさらりと零れ落ち、それと同じ色をした瞳が露になった。一言で言えば、儚げな美男、と言ったところであろう。
リエティールはその外見に思わず見惚れ、それから、
「どうして顔を隠していたんですか?」
と尋ねた。
「こんな見た目、結構印象に残るだろう? それに、まあ……詳しい事は言えないけど、あまり人目に付きたくなくてね。 知ってる人にバレたくなくて」
シーは髪を触りながら、言いづらそうにそう答える。
「……どうしてそれを教えてくれたんですか?」
人に教えたくないという割には、リエティールは自分にはあっさり見せてくれたことを疑問に思い、続けてそう尋ねる。するとシーはにっこりと笑みを浮かべて、
「君は僕のことを知らなさそうだったし、知ったとしても言いふらしたりしそうには見えなかったから、かな。
それにさっき、あいつらに言い返そうとしてくれたのを見て、ちょっと嬉しかったっていうのもあるかもね。
錬成術師を見下すエルトネっていうのは、この辺りだとそこそこいるんだよ。 関わり合いにならないように距離を置いて無視するのが一番だとは思ってるんだけど、どうしようもなく腹立たしく思うところも勿論あってさ。 でも僕らは彼らの言う通り護身はできても喧嘩には弱い。 魔道具で反抗しようと思えばできるけど、荒事は嫌いだし、それで向こうも本気で襲い掛かってきたらいよいよどうしようもないし。
だから、君が勇気を出して錬成術師を馬鹿にするあいつらに言い返していたのを見て、恩返ししたいな、って思ったんだよ」
そう言われ、リエティールは照れくさそうに視線を泳がせ、
「そんな、恩返しなんて、私はただ……自分が馬鹿にされたのが嫌だっただけです」
ともっともらしい嘘をついてごまかそうとした。しかし、シーはリエティールの本心はわかっているといわんばかりの穏やかな笑みを浮かべ、見つめ返すのであった。




