199.錬成術師の町
「まあとにかく、この傷をそのまま放っておくのもよくないし、補修はしておくべきだな。 ちょいと待ってな、すぐ終わる」
そう言って、店主はカウンターの後ろにある戸棚を開き漁ると、その中から一つの瓶を取り出した。蓋を開けると、中には青灰色のペースト状の何かが入っていた。
「それはなんですか?」
「ん? ああ、これを見るのは初めてか。
これは金属補修に使われるやつで、魔道具の一種さ。 金属に触れると魔法が作用して同じ色に硬化するから、仕上げなんかにもよく使われてる。 流石に強度はそこまで高くないが、本体に傷がつくのを防ぐには十分役立つんだぜ。
お前さんの武器にもちゃんと使ってある。 だがこれだけじゃ完全に防ぎきれなかったみたいだな。 だが、普通はちょっと強くぶつかったくらいじゃここまで大きくへこんだりはしないぞ」
そういう店主の声には呆れの色が出ており、リエティールは流石に無茶をしていたと反省し、気恥ずかしそうに目を逸らして「ごめんなさい」と呟くように言った。
「反省しているならいいさ。 ほら、みてな」
そう言って店主は革布の上にそのペーストを乗せると、それでゆっくりと丁寧に、槍の柄を拭くように撫でていく。すると、薄く塗りつけられたペーストは徐々に色を変えていき、傷を埋めて固まった。
リエティールが槍を受け取って触ってみても、つるつるとした手触りからは傷跡の感触は無い。
「凄い、直ってる……!」
「ま、実際は傷を埋めてるだけだから、完全に直ったわけじゃない。 大切ならあんまり酷使してくれるなよ」
店主の言葉には本当にわかっているのかという疑念の感情も滲んでいたが、目を輝かせているリエティールを見て、その口元には自然と笑顔が浮かんでいた。
「代金は銅貨五枚だ」
リエティールは槍を大事そうに背負うと、言われた金額を出しつつこう尋ねた。
「私、もっと魔道具を見てみたいんです。 どこに行けばいいですか?」
そう尋ねられると、店主は銅貨を受け取りながら考える素振りを見せ、やがてこう答えた。
「そうだな……ちょっとした日用品とかエルトネ向けのならそこらへんの魔道具店にでも寄れば良いと思うが……。
そんなに興味があるんなら、ここからフコアックに乗ってテイクの町に行くといい。 ここから一番行きやすい錬成術師が沢山住んでる町だ。 エルトネなら、依頼を受ければ錬成術師に会えるだろうし、噂によると高名な錬成術師もたまに依頼を出してるらしいぞ」
「ありがとうございます!」
貴重な情報に感謝して、リエティールは武器屋を後にすると、彼女は早速、弾む足取りで乗り合いフコアックの駅を探して歩いた。程なくして案内看板を見つけ、無事にテイク行きのフコアックを見つけることができた。
幸いにも人は多くなく出発時間も近く、リエティールはスムーズに乗り込むことができた。所要時間も一時間未満らしく、リエティールは期待を胸にフコアックの旅をゆっくり堪能することにした。
ヘテ=ウィリアップ大陸北部は、氷竜の禁足地から離れたとは言え、まだ気温が低い地帯である。それでも過ごしやすい気候であり、ウォンズが寒冷だとすれば、この地帯は爽涼というのが適格だろう。
植物を含め生き物も多く健康に育ち、吹く風も身を震わせるものではなく爽やかな冷たさがある。
リエティールがフコアックの窓から外を眺めると、遠くに牧場らしきものが見え、青々とした広い草原の上に沢山の無垢種がのんびりと過ごしているのが見える。更にその向こうには頭頂部に薄らと雪を被った山々が連なっている。
そんな景色を楽しんでいるうちに、フコアックは目的地であるテイクの町へと到着する。
リエティールは門で証明書を提示し、簡単にチェックを受けた後町へと入る。建物が石造りであるのはウォンズと同じであるが、建築様式がまた違っており、リエティールは初めて見る町並みに心を弾ませた。
門から入ってすぐに大きな案内看板があり、その指示に従ってドライグへと向かう。中へ入ると数人のエルトネらしき人影が見え、構造はクシルブのドライグと似ている。
リエティールが早速依頼の貼られている掲示板へと向かい、それを眺めてみると、その内容の毛色が確かに今までとは違っていた。
まず、恒常的な討伐対象の魔操種を説明している張り紙が本来あるべきであろう場所から端に追いやられ、大部分が依頼の紙で埋め尽くされている。
そして、依頼内容は魔操種の素材、植物や鉱石の採取に加え、荷物運びのような力仕事も多くあった。その内容は魔道具製作に必要な機材を運んで欲しい、というものや、材料の入った箱を指定の場所まで運んで欲しい、というものばかりであった。とにかく重い荷物を少し動かしたい、というものが多かった。
こうした依頼が今まで無かったわけではないが、数の多さが段違いであった。
錬成術師特有の依頼なのだろうか、などとリエティールが考えていると、ふと後ろにやってきたエルトネ二人組が、鼻で笑ってこう言った。
「錬成術師なんて軟弱者がよぉ、なさけねえ奴らばっかりだ。 なあ?」
「ああ、そうだ。 女子どもならまだしも、男の癖に荷物の一つ運べねぇなんてよぉ。 とんだ腑抜け野朗共だ」
そう言って、彼らは錬成術師の依頼が大量にあるにも拘らず、錬成術師からではない討伐系の依頼を一枚取っていった。




