19.共に在る
少女と氷竜、そして子竜の過ごす日々は、悪く言えば代わり映えの無い、よく言えば平穏な日々であった。少女は氷竜の生み出した雪で雪像を作ったり、山を作ったりする。子竜はそれをよじ登ったり穴を掘ったりして遊ぶ。子竜は人間の少女のように器用な手先は持っていないため、何かを作ることはできなかったが、氷竜の子故の寒さと冷たさに対する強さで、雪まみれになりながらはしゃいでいた。
そうして遊ぶ以外にも、子竜は少女に色々なことを聞いた。少女は世界のことは殆ど知らないため、女性に聞いたことの受け売りでしかなかったが、それでも知らないことを聞く──内容を理解できているかは不明だが──子竜はとても楽しそうに目を輝かせていた。
そういう時、少女はかつて女性に話をせがんだ自分の姿を重ねて思い出した。それ程時間は経っていないはずなのに、何故か遠く懐かしいことのように感じる。そしてふと寂しさを感じ、不安になるのだ。
彼女は一度、氷竜にその不安のことを打ち明けた。自分の中から女性の存在が遠く離れて消えてしまいそうで怖いのだと。その時氷竜は、翼で少女をそっと包み込むと、穏やかな声でこう言った。
『案ずるな、人の子よ。 その者はお前を愛していたのだろう? ならばその者はお前からは離れん。
己が忘れそうだと恐れるのならば、お前の着ているそれを見ればいい。
お前とその者は共に在るのだ』
それから少女は、何か落ち着かなくなったときは必ずコートを自分の体ごと力強く抱きしめた。そうすると、女性が自分を抱きしめてくれているように感じるのであった。
***
そういえば、と少女は子竜を撫でながら不意に氷竜へ尋ねた。
「エフィはこのまま育てば、母様と同じように立派な氷竜に育つことができるの?」
その問いに氷竜は頷くが、「しかし」と言葉を繋げた。
『そのまま自然に成長を待つのであれば、今の我と同じ程度の力をつけるのに数十年はかかるだろう。 全盛期ともなればもっとだ。
だが心配は無用だ。 その精神が成長し……そうだな、大体お前と同じくらいの落ち着きと賢さを備えた頃だな。 そうなれば、我は己の持つ全てをこれに継承する。 さすればこれは嘗ての我が生まれた頃と同じ強き力を得る』
それを聞いた少女は「継承?」と首を傾げる。子竜は話を聞いているのかいないのか、少女の真似をして「キュ?」と首を傾げる。
『継承と言うのは、文字通り我の持つものをこれに継がせることだ。 我の持つ力や知識のみならず、この世で生きた記憶、感じた思いや考えたことも全て、残すのだ』
「そんなことができるの?」
少女は氷竜の言っていることはとても信じられなかった。記憶や思考もそっくりそのままとなると、それはもはや同じ存在の複製ではないか。彼女には、今ここで間の抜けた顔をしている子竜が、簡単に氷竜のようになれるとは思えなかった。
『うむ。 我の生み出す「命玉」を吸収することでそれは可能になる。 そしてそれは、我が命と引き換えだ』
「えっ……?」
命と引き換え、と聞いて少女は絶句した。それはつまり、氷竜が死ぬということだ。突然そのようなことを言われて少女は理解が追いつかず、言いようの無い恐怖が襲い、思わず声が震える。
「そんな、嫌……! 母様が死んじゃうなんて……!」
少女は氷竜に縋りつくようにそう言った。その目には涙が浮かんでいる。しかし氷竜はそんな少女を宥めるように、極めて優しい声で言い聞かせた。
『そう泣くでない、人の子よ。 もとより我が命はもう長くは持たん。 我が命の費えるよりも先に我が子が継承に足るものになれるかの方がよほど心配だ。
それに死ぬとはいえ、我が意志は潰えん。 これとともに再び長き時を生きるのだ。 その時は、お前も今と同じように我が子と共にいて、できる限り支えてやってくれ』
そういわれても、少女は中々落ち着くことはできなかった。命の恩人である育ての親である女性を失い、絶望していた自分を救ってくれた氷竜まで失うなどは、もう考えたくなかったのだ。不老不死ではないと、老いていると聞いていたとは言え、氷竜は悠久を生きる古種だ。まさかこんなすぐに死ぬという言葉が出てくるなど想像もしていなかった。
少女は氷竜の脚にしがみつき、どうしようもなく震えていた。氷竜は最早ただ困ったと言った顔でそれを見つめていることしかできない。
「キュウ、キュウ」
不意に、子竜が少女の体に頭をやさしく擦り付けた。少女がそちらに顔を向けると、子竜が心配そうな顔で彼女を見つめていた。子竜が氷竜の死が訪れることを分かっているのかは不明だが、その目にはただ純粋に少女を心配しているといった色が浮かんでいた。
子竜にとって少女は、氷竜に次いで大切な、掛け替えの無い存在である。少女が氷竜を想うように、子竜もまた少女のことを想っている。
少女はそのことに気がついて、子竜の頭を優しく撫でた。この子には自分が必要なのだ、と。
「……私、必ずこの子の助けになる。 死ぬまで一緒にいる」
その力強い言葉に、氷竜は満足げに頷いた。子竜も、少女が悲しむのを止めたため嬉しそうに笑った。




