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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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1.スラムの出会い

 少女は死地へ向かっていた。寒さに凍える力も無いというのに、只管前に進んでいた。

 吹雪の絶える間は無く、真白の世界は彼女を飲み込んでいった。



***



 少女に名前は無かった。もしかしたら与えられていたかもしれないが、少女は覚えていなかった。

 物心ついた時にはスラムに捨てられていて、親の顔どころかそのぬくもりさえ知らなかった。

 彼女は眠っている間にスラムに連れてこられ、捨てられたのだった。昼下がり、寒さに目が覚めると、そこは誰もいない場所。生きる手立ての無い少女は、状況が理解できずに動けないまま寒い路地の上で泣いていた。


 この町のスラムは人が少ない。それは落ちぶれる人が少ないというわけではなく、致死率が非常に高いためであった。この町はこの世界で最も寒く、それだけ生きていくには厳しい環境なのだ。スラムのような場所では、いかにして暖を取るかが、生死を分ける境界であった。暖かい衣服を手に入れるか、火を手に入れ保つことができるか、いずれかができなければまず生きるための最初の一歩すら踏み出せない。

 そんな場所で、助けを求める少女の声に耳を貸す者は現れないと思われた。


 しかし、一人の女性が彼女に救いの手を差し伸べた。歳は40半ばといったところで、一見良い服を着た身なりの良く見える姿であったが、よく見れば服は草臥れ傷ついており、その下の肢体は決して健康とはいえない程度に痩せていた。

 彼女は偶然にも少女の泣き声を聞きつけ、その場所を探し当てたのだった。弱々しく泣く少女の姿を見つけると、悲しげに、そして優しい微笑みを浮かべた。そして、泣き続ける幼い少女をそっと抱き上げ、「もう大丈夫よ」と言い聞かせるように囁くと、スラムの中にある小さな家の中に連れて帰った。


 その小屋はスラムの中でも立地の悪い、特に見えづらい場所にあった。道は所々凹凸が激しく、途中にある石の階段は半ば崩れ、瓦礫で溢れた狭い道を通り、ようやくたどり着く半ば崩れた石造りの建物であった。壁と屋根はあるものの、半壊状態のために隙間風は絶えず、部屋の隅には雪が舞い込んで積もっていた。

 力の無い女性が一人で生きていくためには、他のならず者に手を出されないよう、極力目立たずに暮らす必要があるためだ。


 家の中には薄くボロボロの絨毯が敷かれ、無いよりはマシと言った状態であった。その上には、古びた木の椅子と机代わりのやや大きい木箱が置かれていた。

 また、その椅子と机に近い壁際には彼女が石を積み上げて作ったのであろう、暖炉代わりの小さな炉があり、その中には火が灯っていた。万年寒い雪国で生きていく為に、暖を取ることは必要不可欠である。故にこの火が彼女の生命線であった。そしてその炉の傍らには、どこかの廃墟から剥ぎ取ってきた木材が薪として、一部は炭にされて積み重ねられていた。


 それらより目立つのが、部屋のあちらこちらに積み上げられた、服やら布の切れ端といったものであった。それらを一体何に使っているのかというと、木箱の上に置かれている古びた裁縫道具が物語っている。

 彼女はスラム暮らしではあったが、物を売って日々を過ごしていた。それがこの裁縫道具で仕立てた服である。スラムに落ちた彼女だったが、針の一本でもあれば仕立てができるという特技を持っていた。

 その大量の布は一体どこからくるのかと言うと、ゴミ漁りである。真夜中に完全に日が沈んでから、見つからないよう明かりもつけず住宅地へ行き、共同のゴミ捨て場に忍び込んで使えるものを探すのだ。

 とりあえず、布であればなんでも。時折古着がまとめて捨てられていることもあり、そういった日には彼女は飛び上がりそうな気持ちを必死で抑え、急いで持ち帰るのだった。

 そうして手に入れたものの中から、痛みの少ない部分を選びぬき、新しく服を仕立てる。店を構えられるわけでもないので、仕立てた服は街を訪れる商人に直接売る。手縫いである故に数も少なく、痛みが少ないといえ完璧な状態でもない。加えて彼女の身なりを見て、商人は相場より安く買い叩くが、それでも売れないよりはマシで、彼女にとっては数日生きるだけなら十分な金額をもらえるのである。


 女性は小さな布の切れ端を集めると、それをベッド代わりに、いつの間にか眠っていた少女を寝かせた。そうしてその頭を、そっと優しく撫でて微笑むその顔は、どこか愁いを帯びていた。

 それから静かに少女から離れると、裁縫道具の中からメジャーを取り出し、再び少女の傍らに膝をついた。そうして、起こさないようにと慎重に採寸をすると、次は布の山へと向かう。その中でもできるだけ状態のいいものをいくつか見繕うと、それを木箱の上に広げ、設計図もなしに木炭で寸法を直接書き込んでいく。設計図をかく紙も手に入らないこの暮らしの中で、必然的に身につけた彼女の能力であった。


 そうして夜が更ける中、彼女は朝まで寝ずに服を仕立て続けた。

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