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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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198.港の武器屋

 海の中を泳ぐという行為、それも水面から見えないような深さをかなりの速度を出して泳ぐ、というのはそうそう体験の出来ないことだろう。

 リエティールは過ぎ去る景色を眺めてはキョロキョロと忙しなく顔を動かし、見たことの無い生き物を見つけては目を輝かせた。

 海竜リム・ノガード禁足地オバトから離れるにつれ、魔操種シガムの姿も見かけるようになったが、海竜の作った速い海流に乗っていることと、レグナが魔力を放って牽制していることもあり、威嚇をすれども襲ってくるようなことは無かった。

 それから小一時間ほど経った頃、


『そろそろ大陸が見えてくる頃です』


と、レグナがリエティールに念話を送ってきた。


「え、もう?」


 リエティールは驚いてそう聞き返す。ウォンズから船に乗ってルアフ島に向かうのにも数時間かかり、そこから海竜の禁足地まで辿り着くのにもかなりの時間が掛かったはずで、これほどまで速く大陸が見えてくるとは思ってもいなかったのだ。

 そして、海の中は水が綺麗でも、光の量が少なくそう見通しがよいわけではない。大陸が見えてくる距離とは、即ちもう程なくして着く、ということでもある。


『水の中にいらっしゃるのは、陸上の生き物であるリエティール様には少なからず負担になると思い、全力で速度を出させていただきましたので』


「そっか……ありがとう、レグナ」


 そう言ってリエティールはレグナの背を撫でる。本心ではレグナともう少し長い間水中の旅を楽しみたかった、ということもあり、笑顔を作りつつもどこか寂しそうでもあった。

 それからレグナの言った通り、目的地である岩場が見えてきた。海流も弱まり、レグナは徐々に速度を落として岩場に入りながら、ゆっくりと浮上していく。その間に大量の魔力を水上に向けて放っており、誰もいないか探知している様子であった。

 そしてリエティールとレグナの背が水面に露出し、リエティールは近くの岩場に飛び移った。周囲はごつごつとした険しい岩場で、人影は見当たらない。海竜の見立て通り誰にも見つからずに上陸することができ、リエティールはほっと一安心した。


『それでは、私はこれで失礼致します』


 ゆっくりと後退しながらレグナがそう言い、リエティールは振り返る。その顔には別れを惜しむ色が濃く滲んでいた。


『悲しまないでください。 貴方様が授けてくださったこの名がある限り、結ばれた縁が途絶えることはありません。 私めの心はいつも貴方様の側にございます』


 リエティールの心境を悟ったレグナは、穏やかにそう伝える。リエティールも、その慰めの言葉に頷き、いつまでもこうしているわけにはいかないと未練を振り払う。


「うん、連れてきてくれてありがとう。 元気でね」


 リエティールがそう言うと、レグナは嬉しそうに潮を噴き上げ、沖へと泳いでいった。リエティールはそれが見えなくなるまで、大きく手を振って見送り続けた。


 その後、リエティールは岩場の壁を登り港の方面へと向かった。どうやって岩場を登ったのかと言うと、新たに変化した手足の力である。鋭い爪は力を入れればピッケルのように岩に刺さり、特に難なく登りきることができたのだ。

 登りきる直前には、探知もして人の有無を確認してから登りきった。リエティールが忘れていただけで、元々氷竜エキ・ノガードもこの探知の魔法は使っていた。そのため使おうと思えば特に支障なく扱うことができたのである。


 それから暫く歩き続けると、自然風景は徐々に人の手が加わったものへと変わり、港の姿が見えてきた。

 港の規模はウォンズの港町の規模に負けず大きく、多くの船舶が停泊しており活気に満ち溢れていた。港で仕事をしている人の他に観光客らしき人々も多く、リエティールはその人込みに紛れながら道を辿り、店の立ち並ぶ方へと歩いていった。

 店の並びの中には土産物屋や食事処の他に武器屋も幾つか存在していた。それは海上で戦闘して武器が刃こぼれしたり、潮風で傷んでしまった武具を修繕したり買い換えたりするために利用するエルトネや船乗りが多くいるためであった。

 リエティールも、自分では良くわからないながらも念のため、と近くにあった武器屋に立ち寄ることにした。

 店の中には数人の客がおり、リエティールは少しの順番待ちの後、店主に武器のメンテナンスを依頼した。

 店主の男はリエティールから槍を受け取ると、一通り目を通して短く「おお」と声を漏らした。


「こりゃいい武器だね。 中々腕の立つ職人さんが作ったものだろう」


 そう言われると、リエティールは自分のことではないものの嬉しくなり、思わず嬉し恥ずかしそうに笑みを浮かべた。


「刃の方は殆ど傷は無いな。 下手に研ぐよりこのままの方が長く使えるだろう。

 ……で、この、柄の傷はどうしたんだ? 何をしたら柄にこんな傷がつくんだ? 素材が頑丈だったから良かったものの、物によってはへし折れていてもおかしくないような強い衝撃が加わった痕が見えるんだが……」


 そう言った彼が指差したのは、柄の中ほどにある無数の打撃痕でった。


「あ、えっと、それは……両手剣使いの先輩のエルトネさんと、訓練した時に……」


 その傷はデッガーとの訓練でついたものであった。デッガーの強烈な打撃を何回も受け続けたために、少なくない傷がついていた。


「はあ、両手剣使いと、ねえ……お前さん、見かけによらず中々無茶をするんだなあ」


 リエティールの言葉に、店主は驚きと呆れの入り混じった顔でそう呟いた。

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