195.変化の魔法
光が弱まると同時に熱も引き、やがて完全に変化が収まると、先程までリエティールを襲っていた疲労感は嘘の様に消えてなくなり、かえって全身に力が漲っているような感覚があった。
リエティールは力んで閉じていた目を恐る恐る開き、そして自身の手足を見てその目を更に見開いて驚きを露にした。
彼女の両手足は冷気を放つ氷のような鱗に覆われ、爪は曲線を描く氷柱のような鋭いものに変化していたのだ。鱗は肘と膝辺りまで覆っており、手は人の形を残してはいるものの、脚の方は完全に氷竜と同じ形をしていた。動かせばしっかりと動き、不思議と違和感は無く、元からそうであったかのように彼女の体に馴染んでいた。
『へえ、力が解放されるとそんな風に変わるんだ』
驚いて固まっているリエティールとは対照的に、海竜は興味津々といった様子でいろいろな角度から彼女を眺めていた。
『それで、それは人間の形に変えられるの?』
じっくりと眺めながら、海竜はそう尋ねる。リエティールとしても、このままの姿で人前に出ることはできないため、それは確かめなければならないと思い早速元の姿に戻るように強くイメージをする。
すると、角を隠した時と同じように、手足の先に魔力が流れる感覚がすると同時に、淡い光と共に一瞬手足の感覚が曖昧になると、すぐに収まりそこには人間の手足、そして手袋とブーツがあった。しかし、タイツは足先の部分が破れてしまっていた。
手作りではなかった、それでも育ての親である女性が最後に残してくれたものであったので、タイツが破れてしまったことは悲しんだが、それと同時に手袋とブーツが何故無事だったのか、という疑問も浮かんできた。
その疑問に答えたのは海竜であった。
『なるほどね。 その手袋と靴は魔力が込めてあるんだろ? それも、体の一部を媒介にしたような親和性がとても高い魔法でだ、違う?』
「ううん。 鱗を使ってるの」
リエティールの答えに、海竜はやはりと言った様子で頷き、こう続けた。
『そのおかげで、その二つは君にとって体の一部も同然ってわけだ。 だから変化するときにそれも巻き込んで変化したんだよ。 その、破れちゃった奴は魔力を込めてなかったんだろ?』
リエティールは頷き、海竜の言葉に納得する。そして、今回は運よく破れずに済んだものの、このまま次の変化を迎えればワンピースも駄目になってしまう可能性が高いと考え、早いところワンピースにも魔法を掛けなければ、と思った。タイツの方も、破れた部分を切り取ってから魔法を掛けて保護すれば、足首までのレギンスのように使えるだろう、と判断した。
『それにしても、やっぱり君は変化の魔法が使えるんだね』
海竜の言葉に、リエティールはこう尋ね返した。
「あなたは、変化の魔法を使う別の人に会ったことがあるの?」
その問いに、海竜は少し悩んだ様子で首を捻ると、
『まあ、同じものかはわからないんだけどね。
昔、魔術師が生まれる前、人間が命玉を何とか取り込もうとして、何人も気が狂ってしまった、ってことは知ってるよね?』
その問いにリエティールは頷く。その話は氷竜から教えられたこともあるうえに、氷竜の記憶の中にもおぼろげながら恐ろしい記憶としてそれは存在していた。
『その狂った人間は、まあ大半は殺されたりしていたんだけど、あまりにも生命力が高かったり、致命傷を与えられないような固い皮膚に変化してしまったような人間は、体を拘束された上で海に投げ捨てられていたんだよ』
「……」
人間を愛していた氷竜にとって、気が狂ってしまったとしても人間が人間によって殺される場面というのはとても悲しく辛いものであった。詳しい情景はわからずとも、その激しい感情だけははっきりと残されており、リエティールも海竜の話を聞いて酷く心を痛めていた。
『だから僕もそのことはよく知っていたんだけどね。 その気が狂った人間は、死の間際になると最後の力を振り絞るように、人間の姿に戻ったり、あるいはより一層魔操種の姿に近付いたりしていたんだ』
「え……、もしかして、それが変化の魔法……?」
リエティールの問いに、海竜は曖昧に首を傾げる。
『僕はそう思うよ。 多分、地上で殺された人間も、同じような現象は起こしていたんだろうし、それを見た人が特殊な魔法だと考えて記録を残したのかもね』
あまりにも意外な起源であったが、確かにリエティールと気が狂った人間の共通点は、命玉を取り込んだ人間、というものがある。
「魔操種とかは、使わないのかな?」
『うーん、どうだろう。 少なくとも、僕はこの海のことを大体把握はしているけど、変身する魔操種は知らないよ。
魔操種はいないけど……霊獣種は似たような事をしてると思うよ。 生き物の死骸を取り込んでそれを自分の肉体に変える時、複数の死骸を取り込んで場合によって変えたり、混ぜ合わせたような姿をしているやつもいるし』
霊獣種は精霊種が生き物の死骸を取り込んで肉体を得た存在である。それも、本来の姿とは違う姿を得ている、複数の姿を持っている、と言う点では共通しているといえるだろう。
「幾つかの姿を、何らかの理由で持っている存在だけが使える魔法……ってことなのかな?」
『うーん、だろうね。 分類するなら無属性魔法になるんだろうけど、使える存在が限られているから固有の名前がついたんだろうね』
最終的にそう結論付け、リエティールは自身の姿を変えられる理由について一つ納得できる理由をえることができた。




