193.同じ結末
リエティールは、波の音と体を包む浮遊感を感じて目を覚ました。
手足の感覚は無く、ぼんやりとする思考の中でまず見えたのは、すっかり日が暮れて真っ暗になった夜空であった。
「こ、こ……は……」
まともに動かない口を開いて彼女がそう呟くと、
『ああ、よかった。 気がついたんだね』
という言葉と共に、視界の中に海竜の顔が入ってきた。
それをみたリエティールは、自分が戦いの最中であったことを思い出してはっと目を見開き、慌てて体を起き上がらせようとしたが、思うように体が動かず、立ち上がるどころか上半身を持ち上げることすら儘ならなかった。
『まだ動いちゃ駄目だよ。 君の体は今ボロボロなんだから』
海竜は心配そうにそう言ってリエティールを静止し、次に彼女を乗せている何かが動いて、彼女を座らせる形に変化した。リエティールが目だけを動かしてそれを見ると、宙に浮いた大きな水球であった。
「わ、たし……なん、で……?」
現状がわからず、戸惑い呟くリエティールに、海竜はこう尋ねる。
『どこまで覚えてる?』
「え……ええ、と……。 たたか、って、こ、げきに、失敗……して、それ、から……え、と……」
つっかえながら答えていくが、気を失う直前に自分が一体何をしていたのかが思い出せないようで、不安そうに顔を俯けた。
そんな彼女の様子を見て、「やっぱり覚えていないんだね」と言った海竜は、何があったのかを説明し始めた。
『負けたくない、って気持ちが強くなりすぎて、君は暴走してしまったんだよ。 それこそ、使えるはずの無い量の魔力を使って、本気で僕を殺しにきたんだ』
「そ、んな……」
それを聞いたリエティールは驚きに目を見開き、その顔はすっかり蒼褪めてしまった。
『あのまま放っておいたら、僕はともかく、君は確実に死んでいたよ』
その言葉は、リエティールの心に鋭く突き刺さった。最早言葉も出ないと言った具合で、リエティールは瞳を震わせることしかできなかった。
海竜の言葉を解釈すれば、その「死ぬ」というのが、氷竜、ドラジルブと同じ理由によるものだということが明らかであったためである。
今のリエティールの体は普通の人間ではなく、一部はもう古種のものとして変化している。つまり体を魔力が形作っているのである。「使えるはずの無い量の魔力」は、つまりそこから無理矢理引き出されていた、というわけなのだ。
それが意味するのは、ドラジルブと同じ、肉体の崩壊による死。リエティールは奇しくもそれと同じ結末を辿ろうとしていたのである。
海竜は、氷竜が死んだことは知っていたが、その原因までは知らなかった。だが、リエティールの様子を見て、その死因を察していた。
『……だから、君が大技を放つ前に、僕は持てる毒の魔力全てを使って、強力な麻痺毒と睡眠毒を作って君に浴びせた。 何とか無事に間に合って、君はこうして今まで寝ていた、ってワケ。
辛うじて、回復が追いつく程度で収まったから良かったけど、それでも体へのダメージはかなり大きい。 一晩は安静にして回復を待たなきゃ駄目だよ』
リエティールは何も言わず、ただ黙って俯いていた。その両手は力強く握り締められていて、小刻みに震えていた。
それから、海竜も何も言わずにじっと見つめていると、やがてリエティールは申し訳なさそうにおずおずと顔をあげ、
「あの、えっ、と……ごめん、なさ、い……それ、から……あり、が、とう……」
とたどたどしく言った。
そんな彼女を見て、海竜はその顔に優しげな笑みを浮かべ、言い聞かせるようにこういった。
『君は、人の身でありながら、氷竜の全てを受け継げるほど強い心を持っている。
でも同時に、強すぎるあまりに少しの揺らぎが大きな動揺になってしまう。 君の意識を吹き飛ばしてしまうほどの、怖ろしい激情だ。
だから、自分を追い詰めすぎないで。 辛かったら休んでいいんだ。 死にさえしなければ、君の希望は潰えないんだからさ』
知らず知らずのうちに、リエティールの目には大粒の涙が浮かんでおり、それは程なくして零れ落ち、とめどなく溢れ続けた。海竜は嗚咽を漏らすその様子を、穏やかな視線で優しく見守っていた。
やがて少しずつ落ち着きを取り戻し、泣き止んだリエティールは、改めて海竜に向かって感謝の言葉を伝えた。
『疲れただろ? もう寝るといいよ。
……氷を溶かすのは、目が覚めて元気になってから、少しずつでいいからさ』
その言葉を聞いて、リエティールは漸く海竜の周辺が凍り付いていることに気がついた。海竜はなんでもないように振舞っているが、海中にある半身は全く動かせず、海の中に潜ることもできない状態であった。
「こ、これ……わた、し……ご、ごめん、な、さい……! すぐ……っ」
『だから、今はゆっくり休んでなきゃ駄目だって。 そもそも、今の君じゃ碌に魔法も使えないと思うよ』
慌てるリエティールを、海竜は何とか落ち着かせる。海竜の言う通り、今のリエティールは魔力が失われた肉体の修復に魔力が全て向けられているため、魔法は使おうとしても使えない状態であった。
言い返す言葉もなく、リエティールはおとなしく水球の上で目を閉じる。一度目が覚めたとはいえ、十分に回復していなかったためかすぐに眠気が襲い、そのまま静かに眠りについた。




