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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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189.誓約の魔法

『それじゃあ、そろそろ始めようか。 勿論君はまだ不完全なわけだし、ちゃんと手加減はするよ。

 ……あ、そうそう。 大切なことを忘れてた』


 今にも戦いを始めそうな雰囲気を出した後に、海竜リム・ノガードは不意に何かを思い出した様子でそう言った。そして彼はこう続けた。


『ちゃんと「誓約エグデル」をしておかないと。 万が一ってこともあるし。 リエティールは、これの記憶はある?』


「えっと……うん。 思い出したよ」


 急に言われて戸惑いはしたが、氷竜エキ・ノガードの記憶を辿ってみると、その言葉はちゃんと見つけることができた。


 この「誓約」というのも念話と同じ無属性ラムロンに分類されている魔法で、現代の人間にはほぼ忘れられている魔法の一つである。

 この魔法を生み出したのは古き時代の二人の人間ナムフであり、彼らはそれぞれ大陸にある小さな国の元首であった。

 当時は今のように国家間は落ち着いてはおらず、領土を巡って争いの絶えない時代であった。二人の国は隣り合っていて、どちらも好戦的な性質を持っていたため、日夜戦いに明け暮れていた。

 しかし、長きに渡る戦いの中で人々は傷つき、お互いに酷く消耗するばかりで決着はつかず、このまま戦いを続けるのは得策ではないと、互いに気づき始めていた。

 そこで二つの国は一時停戦をし、これ以上民を傷つけず、かつ互いに納得のいく戦いをして決着をつける方法はないかと話し合うことになった。

 その話し合いに招かれた人物の中には複数の優秀な魔術師ストラがいた。当時の魔術師は今とは違い、まだ魔法を使い始めたばかりの時代であったため、新しい魔法の開発をするのが主な仕事であった。

 二人の王は優秀な魔術師達を集め、この問題を解決する方法を考えるようにと言った。

 魔術師達は考えに考え、ついに一つの魔法を生み出した。それこそが、魔法を行使したものの間で、一度だけ致命的な攻撃を防ぐ「誓約」の魔法であった。

 その方法はまず、互いの体に大量の複数種の魔力を貯め、体内で独自の魔力を作り上げる。違う属性の魔力を人間が摂取すると、上手く貯めることができず混ざり合ってしまい、普通には使えない魔力へとなってしまうのだが、この魔法はその特性を上手く活かし、個人の判別に用いているのである。

 そして、各々の魔力を込めた血を一滴ずつ水を入れた杯の中に垂らし、半分ずつ飲むことで誓約が完了するのである。互いの魔力を取り込むことで、命の危険が迫った時、魔力が自動的に反応して身を守ろうと障壁に変わるのだという。

 詳しい仕組みはそれを生み出した魔術師達だけにしかわからなかったものの、二人の王はその方法を受け入れ、二人で決闘を行った。

 結果として片方の国が勝ち、二国は統一された。その国は現在の大陸中部に位置する国とされ、二人の王の決闘の伝承だけが残り、武闘大会という形で受け継がれているという。


 人間の間ではその扱いづらさから疾うの昔に忘れ去られてしまった魔法ではあるが、知能が高く初めから独自の魔力を持っている霊獣種ロノ古種トネイクナの間では知識として残されていた。

 氷竜は死の間際の雄叫びに乗せて、リエティールのことやそれについてどうして欲しいかを他の古種に伝えていた。実力を試してほしいという頼みの中には、万が一にも命を奪うことの無いように「誓約」を使ってほしい、というものも含まれていたのである。


『僕らの場合は、血は使わなくてもできるね』


 海竜はそう言って、リエティールの拳ほどの大きさの水球を浮かべた。海竜の場合、この水自体が彼の魔力がこもったものであるため、血を垂らすような必要は無い。

 『ほら』と言い、海竜は水球をリエティールの目の前に動かす。リエティールは、いきなりであったためどうすればいいのか最初はわからなかったが、すぐに方法を思い出し頷くと、魔法を行使した。

 生み出されたのは水球より一回りほど大きい氷の塊。そこには水球に込められた海竜の魔力と同等の、氷竜の魔力が込められている。

 リエティールはその氷塊を水球の上に動かすと、それをゆっくりと溶かして水へと変えていく。溶けた氷はコントロールから離れ水球の中に落ちていく。落ちた水は水球に受け止められ、中へと包まれる形となった。

 見た目はどちらも同じ水であるため、傍から見れば水球の大きさがただ増しただけにしか見えないが、この段階ではまだ水は混ざっていない。海竜の水が氷竜の溶けた氷を包み込んでいる状態なのである。

 その水球を海竜は操り、包まれた氷竜の水に自分の水から魔力を溶かすように移動させる。


『……よし、完璧』


 海竜はそう言って一息つく。水球には何の変化も無いように見えるが、二つの魔力は綺麗に混ざり合っていた。その水球を海竜は二つに分ける。


『口を開けて』


 その言葉にリエティールは口を開け、水球の片割れを受け入れて飲み込んだ。味も何もないが、嘗て氷竜に与えられていた水と同じように、全身に染み渡るように感じられた。

 続いて海竜も水球を飲み込み、


『これで準備は万端だね』


と言ってリエティールを見る。リエティールもその目を見返すと、


「うん!」


と、力強く頷いた。その顔を見て海竜も満足げに笑みを浮かべ、


『いよいよ本番だ。 手加減はするけど油断はしないよ、覚悟してね!』


と言い放った。

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