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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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188.海竜モルトスレーム

 氷の船の上に立ち、リエティールは静かな海面をじっと見つめた。


「……」


 それから間もなく、中心部分から小さな泡が現れ始めた。

 それは次第に大きさと頻度を増し、範囲を広げ、やがて大きな水飛沫となって一面を多い尽くした。そして、


ザパアァァアアンッ!!!


と、激しい音を立てて水の柱が天高く立ち上った。

 その勢いに、リエティールが思わず目を瞑って顔を背けると、同時にこう声が響いてきた。


『待っていたよ』


 それは若々しい青年のような、透き通った声でありながら、深く威厳も感じさせる、そのような声であった。

 リエティールは背けた顔を戻し、目を開いて、眼前に現れた存在を見ると、その姿に圧倒されて一層目を見開いた。

 そこに浮かんでいたのは、深い海をそのままくりぬいて作ったような青い鱗を纏う、波のうねりのように曲線を描く長い体を持ち、その背に水の鬣を靡かせた存在であった。見えているのは上半身だけで、残りの下半身は海の中に浸かっている。


『僕が海竜リム・ノガード、モルトスレーム。 君はリエティールで間違いないね?』


 濃紺の瞳と視線が真っ直ぐにぶつかり、リエティールは思わず息を飲みながら、頷いて答えた。

 すると、海竜はおかしそうに口元に笑みを浮かべ、そんな彼女を舐めるようにまじまじと見つめた。リエティールはそんな風にじろじろと見つめられ、気恥ずかしさにたじろぐと、そんな様子に気がついた海竜は、


『ああ、ごめんね。 本当に人間ナムフが後を継いだんだって思ったら、興味深くって』


と笑って言った。

 それから海竜は改めて真っ直ぐに向き直り、こう言った。


『不思議な気持ちだよ。 人間の、しかも君みたいに小さな子が、新しい氷竜エキ・ノガードとして僕らと並び立つっていうのは』


「……やっぱり、おかしいですか?」


 海竜の言葉に、リエティールはどこか不安げにそう言った。

 彼女自身、氷竜の跡を継いだという自覚はあるものの、如何せんまだ自分は人間である、という気持ちが抜け切れてはいなかった。もしも人間としての意識が無ければ、ここまで他者と密接に助け合ってくるのは難しかっただろう。

 それ故に、ただの人間の子供である自分が古種トネイクナの一員として並び立つことを、他の古種達がどう感じているのか、と不安に思っていたのだ。

 そんな気持ちを知ってか知らずか、海竜はあっけらかんとこう答えた。


『全然? そりゃ、びっくりはしたけどね。 寧ろ、人間好きな氷竜だからやりかねないだろうな、と思ったよ』


「……できると思っていたんですか?」


 人間が古種の命玉サールを継承するということは、普通は不可能なことである。リエティールの場合、何年もかけて氷竜から高効率の魔力を摂取し、人並み以上の強い精神力を持っていたからこそ成しえたのであって、他の人間であったらそう簡単に継承する、という事はできなかったはずである。


『いや? でも、氷竜が言うんだったら、できたんだろうなって思っただけだよ。 そういう新しいことを考えるのは人間の得意分野だし、人間好きな氷竜だったら、同じように考えるのも得意なんじゃないかなって』


 深く考えた様子も無く、海竜は軽い口調でそう答える。


「……貴方は、氷竜かあさまのことをよく知っているの?」


 氷竜の記憶を辿っても、他の古種との交流した記憶は殆ど無い。微かに何となく会ったことがあるような、という古い記憶の断片があるだけである。それ故に、海竜がこうして氷竜のことをよく知っているように話すのが不思議に思えたのだ。


『昔は海を渡る人間がよく噂してたからね。 でも、僕らはこうして持ち場があるし、会ったのは生まれたときくらいじゃないかな?』


 それを聞いてリエティールは納得し、記憶の中にある微かな既視感も、その誕生時のものなのだろうと結論付けた。


『それで、僕に会いに来たのは質問するためじゃなくて、実力を認めさせるためなんでしょ?』


「あ、はい、その……」


『ちょっと待った』


 海竜の問いかけに答えようとしたリエティールの言葉を遮り、再び海竜が発言する。一体何事かと首を傾げるリエティールに、海竜はこう続けた。


『僕、堅苦しいのは苦手なんだ。 だから敬語使うのは禁止ね。

 それに、君は僕に実力を認めさせて、対等な存在になりたいんでしょ?』


 対等な存在。

 その言葉に、リエティールははっと目を見開いた。

 彼女にとって、古種というのは自分よりも遥か高みにいる、畏怖すべき存在であった。

 しかし、海竜にそう言われ、自分がその古種の一人となろうとしていることを思い知らされ、息を呑んだのであった。

 氷竜の後を継ぐことを、単にその力と遺志を継ぐということだとばかり考えていたリエティールであったが、古種となる、ということでもあったのだ、という大前提に気がつき、強く打たれたような衝撃を受けた。

 ただ、その事実に今更気づいて怖気づくようでは、とても氷竜の後を継ぐことはできないだろう、と思いなおすと、ギュッと手を握り、しっかりと海竜に目を合わせ、


「うん、わかった!」


と答えた。

 その彼女の答えに、海竜はニッと口角を上げると、


『そうこなくっちゃね』


と楽しそうに言った。

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