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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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185.決意の火

 船は島の港へと無事に到着し、積荷を降ろす作業も滞りなく進んだ。

 港はそれなりの規模があり、漁船らしき船が多く見られ、商船らしきものも数えるほどではあるが見受けられる。しかしテレバーが人が来ないと嘆いていた通り、観光客を乗せていそうな船は一隻も見当たらなかった。


「リーちゃんともう離れるなんて! 短すぎるわ!」


 分かれる間際、エニランはリエティールにしがみついて子どものように駄々を捏ねた。帰りもどうか一緒にと、その様子を見かねたテレバーが言ったが、大陸に渡るという目的がある以上ウォンズへと戻るわけにもいかない為、断るしかなかった。

 最終的にロッソがなんとかエニランを説得し、惜しまれつつリエティールは一行と分かれることになった。


 港を抜けて、リエティールは島の外周を周ってみることにした。

 港のある周辺は岩場でなだらかな斜面を描きながら海と面しているが、反対側に行くに連れて崖へと姿を変える。

 人の手があまり入っていない様子で、道端には緑の草木が潮風に揺れて音を立てている。海辺の植物はまた違った姿をしており、リエティールはそんな自然の情景を眺めて楽しんでいた。

 道中、島の住民と何度かすれ違うことがあったが、皆余所からきた漁師らしくはないリエティールを見ると、物珍しそうに、そして嬉しそうに微笑んだ。それ程観光客と言う存在が珍しいものなのだろう。


 丁度港の反対側辺りまで来ると、そこには一際高く、抉れるように切り立った崖があった。危険を報せる看板は、ポツンと一つ建てられてはいるものの、整備は追いついていないのか、柵と言えるものは、背の低い細い木の杭に一本ロープが結び付けてあるようなものだけであった。

 看板も大分傷んでおり、観光客も滅多に来ない島では普段あまり人が来ないのであろうということは容易に想像できた。逆に考えれば、こういった危険があるため人を呼びにくい、ということもできる。

 リエティールは、そんな崖の下をそっと覗きこんだ。波が打ち付けてはいるがそこまで激しくは無く、人が立てそうな岩場があるのを確認することができた。


「これなら……」


と、リエティールは一人呟き頷いた。

 一先ず、この場所を覚えておくことにして、今日は休もうと宿を探すことにした。

 残りの半周を歩き、再び港の近くまで戻ってきたリエティールは、そこから続く道を歩いて島の内側へと向かう。

 道の脇にちらほらと建物が並び始め、フシフを売る店や食堂などの並びの中に、宿屋も見つけることができた。


「こんにちは、一泊泊まりたいのですが、大丈夫ですか?」


「ええ大丈夫ですよ……おや、もしかしてお嬢さん一人かい? 珍しいねえ」


 手近な宿に入りそう声を掛けると、店の奥から現れた女将らしき人物は、すれ違った人たちと同様な反応を見せ、にこにことしながら部屋へと案内をしてくれた。

 宿の中でテレバー達と出会っては何となく気まずくなりそうな予感がしたため、案内されている最中にそれとなく尋ねてみたが、どうやらこの宿には泊まっていなさそうで、リエティールはほっと安心して息をついた。

 案内された部屋は一人用の小さな部屋で、質素なつくりでは会ったが、窓からは海原が見え、差し込む光が落ち着く雰囲気を醸しだしていた。


 それから、リエティールは新鮮な魚料理を堪能し、島の内部をゆっくりと観光を兼ねて散歩した後、再び宿へと戻って眠ることにした。

 日は沈みすっかり暗くなり、テーブルの上のランプの明かりだけが灯っている、静かな波の音が聞こえてくる部屋で、リエティールは横になりながら明日の事へと思いを馳せていた。


(明日、私は海竜リム・ノガードに会いに行く。

 そして……戦って認めてもらわないといけない)


 そう思うと、波の音よりもはっきりと、早まる鼓動の音が聞こえてくる。


(認めてもらえれば、私は母様に、母様の夢に近づくことができる)


 落ち着かせるために深呼吸をしながら、リエティールは仄かなランプの火を見つめた。


(でも、もし認めてもらえなかったら……?)


 ランプの火が一瞬、大きく明滅した。

 不安からか、一度落ち着きかけていた鼓動が再び大きくなり、先程よりも激しく耳の奥で騒ぎ始める。

 リエティールは大きく首を振るようにして寝返りを打った。


「……駄目」


 ぽつり、と呟いた言葉は、静かな部屋の中にはっきりと聞こえた。


「私は、勝つ。 絶対に」


 自分に言い聞かせるように、明確な口調でそう言葉にする。

 未来のことなどいくら考えても分からない。わからないものには安定など無く、不安しか見出せない。だからこそ、思考を振り払うためにはっきりと口にした。

 寝るときも首に掛けたままのペンダントを握り締め、胸の前に持ってきて強く祈るように目を閉じる。


「母様、エフィ、それからおばあちゃん。 私は大丈夫。 負けたりしないよ」


 いつの間にか鼓動は静かになり、胸の奥がじんわりと暖かくなる。

 静かで心地よい波の音に包まれながら、リエティールは穏やかな顔で眠りについた。

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