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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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183.海の中の獣

 その後は魔操種シガムの襲撃も無く、三人と商人達は順調に海上を進んでいた。

 船の上を何となく見て回っていたリエティールは、船の操舵を担当している商人達の側に海図と羅針盤サモックが置かれていることに気がついた。

 彼らは時折それらを見ながら船を動かしており、何も知らないリエティールから見ても、道具の扱い方を熟知しているのがわかった。

 リエティールはその中の一人の様子を伺い、一息ついた様子を見て近寄って声をかけた。


「こんにちは」


「ん? おお、エルトネのお嬢ちゃんか、こんにちは」


 船の操縦には体力を使うのか、滲んだ汗を拭いながら彼はそう言って答えた。


「あの、これってどうやって見るんですか?」


 そう言ってリエティールは海図を指差す。とりあえず買ったはいいものの、肝心の使い方は全くわからない。細かい記号や線で溢れたその図は、何も知らずに見ても理解できるものではない。


「これは海図っていうんだが……複雑だから、どう説明したらいいものか……」


 まさか海図の見方を尋ねられるとは思っていなかった商人は、驚きながらもどうしたものかと頭を悩ませていた。

 そんな彼の反応を見て、リエティールもまた少々不安な気持ちになる。やはり海の上を一人で漂うというのはそう容易なことではないのだろう。


「そんなに難しいんですか……?」


「まあ、俺も覚えるのは苦労したからなあ……いや、まあ、簡単な部分なら教えてやれるさ」


 難しいから無理だと、断るつもりでいた彼であったが、リエティールの残念そうな顔を見て、何も教えてやらないのはかわいそうだ、という気持ちが生まれ、わかりやすい部分だけでも教えようと考え直した。

 その答えに、リエティールはほっと安心した顔を浮かべて、


「お願いします」


と頭を下げた。

 それから暫くの間、船の操縦を挟みながら、リエティールは海図の見方を教わっていた。結果として、羅針盤の使い方や、引かれた線が海流を表していたり、おおよその深さを示していることは理解できたが、それ以外はあまり覚えることができなかった。

 難しい顔をして海図をじっとみつめて首を捻るリエティールに、商人は「それだけわかれば十分だ」と言った。

 自分が安易に考えていたことを反省しながら、本当に大丈夫だろうかと不安げな表情で顔を上げたリエティールだったが、その直後、再び船が大きく揺れた。波で揺れたわけではなく、何かがぶつかった揺れである。

 ロッソの方へと顔を向けると、彼もまたリエティールの方を見ており、一つ頷いた。遠目からリエティールの様子を眺めて微笑を浮かべていたエニランも、今は真剣な顔つきになっている。


 三人は武器を構え、ロッソが無垢種ラミナの血の塊を海面へ投げる。水に溶けて広がるその向こうから姿を表したものは、先程の魔操種とは全く違うものであった。

 それは海面から顔を出し、船の上に立つ三人の姿を目に入れると、


「ヴォオオォーーッ!!」


と牙を見せながら威嚇するように低い鳴き声を上げた。

 それは青灰色の体をしており、体表は薄らと毛に覆われているが、日の光を受けてぬらりとした光沢を見せている。

 顔の形はフシフとは全く異なっており、どちらかと言えばティバールやフローのような、地上に生息している獣に似ている。手足は鰭の形をしているが、魚とは違い肉と皮膚に覆われた分厚いものであった。


「今度は海獣サーバース型か」


 ロッソがそう呟く。今回あわられたのは、以前エニランが言っていた、鱗ではなく脂肪で体を守るタイプの魔操種であった。


「リーちゃんはなるべくその場から動かないで、万が一に備えて身を守れるように準備しておいて」


 エニランにそう言われ、リエティールは頷く。今度は不用意に行動して迷惑をかけるわけには行かない。


「ヴォオォーーッ!!」


 魔操種は怯える様子のない人間ナムフを見て苛立ったのか、再び雄叫びを上げると、海面を叩くようにして激しく泳ぎ、勢いよく船の縁へと突進した。

 重量のある体がぶつかると同時に船は大きく揺れるが、ロッソとエニランは体勢を崩すことは無く、衝突と同時に、二人で一気に攻撃を仕掛けた。

 エニランは槍で首元を狙い、ロッソは反対側から右目を狙った。目に攻撃を喰らえば致命傷になることは理解しているのか、魔操種は即座に首を捻ってロッソの一撃を回避する。


「グォ……」


 流石にエニランの攻撃まで避ける余裕は無く、魔操種の首に穂先が突き刺さる。しかし分厚い脂肪に阻まれて、致命的な一撃とはならず、魔操種は短く唸ると身を引いて槍から逃れ、海の中に沈んで身を隠した。

 僅かな間の後、再び現れた魔操種は、今度は頭からの突進ではなく、その重たい尾で船体を叩く攻撃を仕掛けてきた。頭部を狙った攻撃を避けるためであろう。突進ほどの威力は無いものの、十分に重さのある尾は、船にダメージを負わせるのには十分な力があった。

 魚型と違い体が重いためか、船の上に乗り込んでくることはやろうとしてもできないのだろう。しかしその分こちらからも攻撃がし辛く、槍は身を乗り出せば刺さりそうではあるが、ロッソの剣では切り付けるのが難しい状況であった。


「テレバーさん、あれ借りますよ!」


 不意にロッソが振り返ってそう言う。テレバーはそう言われることがわかっていたのか、あれが何かと言うことは聞きもせずに「わかりました」とだけ返事をした。

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