表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷竜の娘  作者: 春風ハル
183/570

182.船の上で

 体を口から尾まで貫かれた状態は、普通であれば即死していると考えられたかもしれない。しかし相手はフシフ魔操種シガムであった。

 魚の魔操種は、先ほどエニランの槍から無理矢理逃れたように、痛覚が他の生き物より遥かに鈍く、怯むということが無かった。

 他の生き物が体を貫かれたならば、痛みのあまりまともに動くことはできないであろう。だが、痛みを殆ど感じない魔操種であれば、最後の足掻きを冷静に行うことは十分に可能であった。


 ギョロリ。


 と、魔操種の目が動いてリエティールの方を見たとき、リエティールは身の危険を感じ、急いで放り投げるように槍から手を離した。

 直後にガチンッ、と、魔操種はその鋭い牙の生えた口を閉じた。もし手を離すのがあと少し遅ければ、リエティールの手首から先があの歯の餌食になっていただろう。

 万が一そうなっていたとしても、魔法を掛けた手袋に守られて怪我を負うことは無かっただろうが、その場面をみたロッソやエニラン、ひいては商人達に何も言われないということはないだろう。

 荒げた息を吐きながら呆然とするリエティールの前で、串刺しになった魔操種はしばらくのた打ち回っていたが、程なくして静かになった。


「リーちゃんっ!」


 その声と共に、背後からエニランがリエティールに抱きついた。


「ああ、怖かったでしょう? ごめんなさい、私がもっとあなたのことを見ていれば……怪我は無い? 大丈夫? ああ、もう、リーちゃんに何かあったら私……耐えられないわ!」


 話しながら、彼女の様子が徐々に初めてあった時のように変化していき、抱きしめる力が強くなっていった。恐らく戦闘モードから普段の状態に戻ったのだろう。呆けていたリエティールも我に返り、「苦しいです……」と弱弱しく言うことしかできなかった。

 そんなやり取りを尻目に、ロッソは魔操種へと近付いて、それからリエティールの槍を引き抜いて血を拭いていた。


「エニ、そんなに嬢ちゃんのことを思うならこれくらいしてあげろよな。

 ほら、落ちなくて良かったな」


 呆れた顔をしてエニランにそう言ってから、彼はエニランの拘束から解放されたリエティールに槍を差し出した。それを受け取りながら、リエティールは「ありがとうございます」と言うが、すぐに表情を暗くした。


「私のせいで、迷惑をかけてごめんなさい……」


 自分の後先を省みない行動のせいで、手間をかけさせてしまったことを理解していた彼女は、手伝うためにこの船に乗ったのに、とすっかり落ち込んでしまっていた。

 しかし、そんな彼女に対してロッソは首を横に振る。


「仕方ない。 船の上での戦闘は慣れてなきゃ難しいもんだ。 先に注意しておかなかった俺たちも悪かった。

 結果的に倒せたんだから、まあいいだろう」


「そうよ、リーちゃんはリーちゃんにできることを頑張ろうとしたんだし、皆無事だったんだから!」


 そう言ってエニランは再びリエティールを抱く。今度は先ほどのように苦しいものではなく、慰めるような優しい抱擁であった。そんな温かい言葉と行動に、リエティールは安心感から表情を緩めた。


「だが」


と、ロッソはその表情を厳しいものに変えて言う。それをみたリエティールも、ほっとした表情から真剣なものに顔を変える。


「無茶な行動をしたのは事実だな。 それが悪いことだって言うのもだ。 もしかしたら毒を喰らってたかもしれないんだからな。 次からは身の丈にあった行動をするようにするんだぞ。

 いいか、魔操種が現れたら俺達が弱らせる。 それから、船の上に引き上げて動きを封じたところを攻撃するようにするんだ、わかったな?」


 その言葉に、リエティールは頷いて答える。確かに、今回は当たらなかったから良かったものの、もし槍に上手く刺さらずぶつかって、鰭が隙間などから皮膚に触れていたら、毒を受けていた可能性は十分にあった。

 リエティールが真剣な表情で頷いたのをみて、ロッソは満足そうに頷くと、「よし」と言って放置していた魔操種の方へと向き直る。


「じゃあ、他に魔操種が襲ってくる気配もないし、とりあえずこいつを解体するか。 嬢ちゃんは魚の解体のやり方は知ってるか?」


 その問いにリエティールが首を横に振ると、彼はナイフを取り出しながら「じゃあ、説明してやるから近くに来な」と呼び寄せる。

 だが、そんな彼とリエティールの間にエニランが割り込み、ナイフを奪い取ってこう言った。


「私がやるわ! リーちゃんに良いとこ見せたいの!」


 最早欲望を隠しもせずに、目を輝かせ息を荒げながらそう言う彼女に、ロッソは苦笑しながら了承する。リエティールが視線でいいの?と問いかけると、


「まあ、こいつも伊達に船の上で戦ってない。 解体は上手いから大丈夫だ」


と答え、再び近くに来るように言う。

 リエティールが近くに寄ると、エニランは腕をまくり気合を入れ、


「行くわよ!」


と一言言い放ち、魔操種を捌き始めた。

 ロッソが言う通り、彼女の手捌きはなれたものであり、作業はすらすらと進んで行く。それでいながらリエティールに教えるという目的は勿論のこと忘れず、手を動かしながら丁寧に説明をしていく。


「最初は鱗を取るのよ。 普通の魚は簡単に取れるんだけど、魔操種の鱗は固いからこうやって一枚一枚付け根に刃を入れて……こんなふうにね。 身を抉らないように気をつけるのを忘れないで」


 エニランの説明を、リエティールは聞き逃さないようにしっかりと聞き入りながら、その手際のよさに驚く。簡単にやってのけてはいるが、普通であればこの鱗を取る作業だけでもかなりの時間がかかるだろう。それを彼女は一枚に一秒もかけないほどの速度でどんどん剥がしていっているのである。

 巨大であるため流石に一人では時間が掛かり、エニランの邪魔をしない程度にロッソも手伝い、解体はスムーズに進んで行く。


「……次に、内臓を取り除いて……。

 ふう、ここまでで一段落ね。 あとはしっかり洗って、売るならここまでやれば十分良い値段で買い取ってもらえるわ」


 わかった?という彼女の問いかけに、リエティールが「はい」と答えると、彼女は満足そうに笑顔を浮かべて、処理をし終わった魔操種を商人へと手渡して換金を求めた。そして換金された硬貨は三人で山分けすることとなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ