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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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178.毒の無い笑顔

「いやはや、取り乱してしまって失礼しました」


 苦々しい笑みのまま、彼はそう言って軽く頭を下げ姿勢を戻す。


「ともあれ、貴方に戦闘経験があるということは理解しました。 他にもエルトネの方はいますから、よほど大物の魔操種シガムが来ない限りは大丈夫でしょう」


 そう言って話を終わらせようとしたところで、「ああ、最後に一つ」と言い、こう続けた。


「海の魔操種はノシオの属性を持っていることが多いので、対策をしておいた方が良いでしょう。

 持っていなければ、私達が取り扱っている毒対策の道具を見ていきますか?」


 伊達に商人はやってないと言うべきか、こういった商機は逃さないようである。

 とは言え、毒の魔操種が多いことは知らず、勿論対策もしていなかったリエティールとしてはありがたい話なので、素直にその言葉に甘えることにした。

 見せて欲しいと頼むと、テレバーは部屋に置いてあった荷物の中から手早く一つの箱を取り上げ、蓋を開いて並べて見せた。


「こちらは予防薬でして、幅広く効果がありますが完全に防ぐことはできません。 効果を弱めて進行を遅くする程度のものなので、後々適切な解毒薬を服用する必要があります。 ですが効き目が長持ちする上、比較的安価で使いやすいので、旅人にとってはほぼ必須の道具となっていますよ。

 隣のこちらは、効果をかなり高めたもので、値段は張りますが弱い毒程度であれば全身に回る前に中和してくれます。 即効性の毒や致死性の高い毒であってもある程度命を繋ぐことができます。

 それでここからは解毒剤となります。 麻痺や幻覚など種類によって効く薬が違うので、いくつかの種類を常備しておくのをおすすめします。 海の魔操種だと、麻痺や吐き気の毒が多いので、それを多めに持っているのを推奨しますよ」


 詰まることなく話しながら、テレバーは慣れた手つきで薬の入った小瓶を並べ終えた。

 小瓶にはそれぞれラベルが貼られており、彼が話した通りの効果を示す言葉が書かれていた。特に解毒薬の方に関しては、効果によって色分けがされているようだ。意識が朦朧とするような状態であっても判別しやすいように、という理由らしく、商人達の間で色には規定があるという。


「えっと、じゃあ……」


 リエティールは少し悩んでから、安い方の予防薬を二つと高い方の予防薬を一つ、解毒薬は種類ごとに一つずつ買い、テレバーが薦めた麻痺と吐き気の毒に効くものは一つ多目に買うことにした。

 そこそこの出費となってしまったものの、命には代えられない。寧ろ情報を教えてくれたことと、対策を提供してくれたことにリエティールは感謝した。


 無事に話を終え、リエティールは部屋を出た。出発は明日なので、今日は一先ず休まなければならない。

 となれば当然宿を探さなければならないのであるが、そこでリエティールははっとする。

 港町である以上、大陸や他の島々からやってくる人が多いため、宿自体は多く、ここまで来る間にもそれは確認していた。

 しかし同時に王都に近い町でもあるということを思い出したのである。そして王都の宿の値段を思い出し、さっと血の気が引いた。


「今日、泊まれるのかな……」


 不安からそうポツリと言葉を漏らす。

 悩んだままテレバーの泊まっている宿を出たところで、そんな彼女に声がかけられた。


「ん? ……おお、嬢ちゃん! こんなところで会うとは、さっきぶりだなあ!」


 その声に顔を上げると、そこにいたのはフコアックの中で話をしたエルトネの男性であった。彼はリエティールに近付くと、


「どうした、なんか元気がなさそうだが、何かあったのか?」


と言った。リエティールの不安げな表情を見て心配しているようであった。リエティールは、今日泊まれる宿が見つかるか心配なのだと事情を話すと、


「成る程。 じゃあこの宿、空き部屋無かったのか?」


「あ、いえ。 ここに来たのは別の目的で……まだ確認していません」


 リエティールがそう答えると、彼は「ふーむ」と少し悩んだ素振りを見せた後、にかっと笑顔を浮かべ、


「実は俺はここに宿を取っていてな、確か隣は空き部屋だったはずだ。 ここら辺じゃ比較的安価な値段だし、不安なら多少手助けしてやってもいいぞ」


と言った。

 リエティールは驚いて目を丸くし、「いいんですか?」と尋ねると、彼は勿論と頷く。


「嬢ちゃんみたいな子が困ってるのを放っておいたなんて知られたら、子ども好きのあいつに怒られそうだからな……ははは! 俺としても、見てみぬ振りしていい気分はしないからな」


 「あいつ」というのは誰のことなのか、思い出すように目を泳がせて乾いた笑いをしつつも、彼は屈託の無い笑顔を浮かべてそう言った。


「でも、迷惑じゃないですか?」


 幾ら快くそう言っていたとしても、先ほどあったばかりのほぼ顔を知っているだけのような関係の相手に、宿の代金を出してもらうのは流石に気が引けるものである。

 そんな心配を察したのか、彼は、


「……じゃ、代わりに少し頼まれて欲しいことがある。

 何、難しいことじゃない。 あいつ……俺の相方の話し相手になってやって欲しいんだ。 普段はもう一人いて、そいつが相手をしているんだが、今日は大事な用事があるってんで来られてないんだよ。 それで、ちょっと機嫌が悪くてな……。

 疲れるかもしれないが、それでどうだ?」


「……話し相手になるだけでいいんですか?」


 リエティールがそう確認すると、彼は頷く。彼女としては、話をするだけで本当に宿の代金と吊り合うのかいささかしっくりこなかったが、彼がそれでいいのなら、とその条件で受け入れることにした。


「そうそう、俺はロッソって言うんだ。 で、相方はエニランって名前だ。 覚えといてくれ、よろしくな」


「あ……リエティールです。 その、ありがとうございます」


 悩んだ傍から解決し、こうして良い人に恵まれる自分の運の良さに戸惑いながらも、深くお辞儀をして心からの感謝を告げる。そんな彼女にロッソは「困ったときはお互い様だ!」と言い、気にするなと軽快に笑った。

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