177.貴石の鱗
「あ、一応確認しますが、現地解散で本当に大丈夫ですか? 私達は数日島に滞在した後にまたこちらへ戻る予定なのですが……」
「大丈夫です。 着いてからは自分でなんとかします」
「そうですか、わかりました」
リエティールとしては、現地解散であることはなにより都合がよかった。帰りもまた同乗して欲しいといわれたら、ルアフ島から海竜の禁足地を目指すのはほぼ不可能だっただろう。テレバーが確認したのは、帰りの手段を心配してのことだったのだろう。本人が大丈夫だというのであれば、それ以上余計な心配をする必要もないので、彼はそれ以上口を出すことは無かった。
「それから、念のため確認しておきたいのですが、戦闘経験はどの程度おありですか?」
そう尋ねるテレバーの顔は、不安が少しだけ見て取れた。こういうことを口にするのは失礼だろうとは思っているのか、直接言いはしていないものの、リエティールの若さと評価ゆえに、戦闘に関してあまり信用ができないのだろう。
「ええと、バリッスとレフテフ・ティバールと……レビル・ビパック。
……それから、少しだけ、一人じゃないですけど、ニログナとも戦いました」
ニログナに関しては、リエティールは言うべきかどうかかなり悩んだ。確かに戦闘に参加したとは言え、ダメージを与えたのはリーフスとデッガーであり、その際中の支援も魔法を使ってのもので、槍は背中を刺した時以外に使ってはいない。
ただ、戦ったのは事実であり、またバリッスやティバールだけではあまり信用してもらえないだろうという思いもあり、なるべく控えめに伝わるように、自信無さげに言った。
「レビル・ビパックとは、珍しい魔操種ですね。
それに、ニログナですか……。 もしあれば、戦闘の証拠を見せていただきたいのですが……」
驚きを表しつつも、やはり完全に信じることはできないのか、申し訳なさそうな顔をしつつテレバーはそう言った。
レビル・ビパックは命玉を持っている。命玉だけ見ても詳しい種類はわからないだろうが、氷の命玉である、ということが伝われば信じてもらえるだろう。
ニログナの方は、リーフスの目があったので亡骸を回収することはできなかった。デッガーが回収した上位種の命玉も、ドライグで換金されて参加したエルトネ達の報酬として山分けになったので、現物は無い。
ただ、一つだけ証拠になるものがあった。王都から旅立つ際、デッガーから受け取った籠の底に、一枚のメモと共に鱗が一枚入れられていたのである。
メモには「綺麗なやつがあったからお前に一枚やる」と書かれていた。入っていた鱗は確かに綺麗な形をしており、なにより一部が赤く半透明な色をしていた。それがとても綺麗だったため、リエティールは籠に敷いてあった布で優しく包んで、空間の中に大切に仕舞っておいたのである。
リエティールは鞄の中から取り出すフリをして、レビル・ビパックの命玉と、布に包んで置いたその鱗を机の上に並べた。
「こっちがレビル・ビパックの命玉で、こっちの布にニログナの鱗を包んであります」
「なるほど……。 手にとっても構いませんか?」
テレバーの問いに、リエティールは頷く。それを確認してから、彼は手袋をして、まず命玉の方を持ち上げた。ランプの光に当てて透かして見つつ、彼は鞄の中から何かを取り出した。
リエティールは気になり、それを良く見てみると、何か石のようなものが入った小瓶であった。テレバーはそのビンの蓋を外すと、命玉に近づける。そして、
「成る程、本当に氷の命玉のようですね」
と言った。
「わかるんですか?」
納得してもらえたのは良かったが、一体どうしてわかったのか不思議に思ったリエティールがそう尋ねると、テレバーは小瓶を見せながらこう言った。
「エメレ鉱石をご覧になるのは初めてですか?」
「えめれこうせき……ですか? 初めて聞きました」
リエティールがそう答えると、テレバーは小瓶の中の小さな物体を指差した。それは小さな黒い半透明の石の欠片のようで、表面は霜が降りたように白くなっている。
「この石は特殊な性質を持っていて、魔力にかなり敏感に反応するのです。 そしてその属性ごとにことなる反応を現します。
例えば火であれば赤熱し、水であれば表面が湿る。 そして氷であればこのように霜が降りるのです。 命玉の属性の判別には欠かせないものなのですよ」
「へえ……」
そんなものがあるのかとリエティールが驚いて見つめていると、テレバーは蓋をしてさっと仕舞いこんでしまった。
「すみません。 あまり長く反応させ続けると、駄目になってしまうのです。 命玉を買い取る機会の多い商人としては、必須でありながら消耗品と言うのは痛いところですね」
「あ、ごめんなさい……」
消耗品とは知らず、自分のせいで余計な時間を使わせてしまったことを謝ると、テレバーは「知らなかったのであれば仕方の無いことです」と言って許してくれた。
「それで、そちらがニログナの鱗ですね?」
「はい」
テレバーは布の方へ視線を移しそう尋ねた。リエティールが答えると、彼はその布を丁寧に持ち上げようとして、その目を驚きに見開く。
「まさか……この大きさで一枚なのですか?」
「は、はい……」
リエティールがやや困惑した様子でそう答えると、彼はさっとその布を捲り、中にあった鱗を見て更に驚き声を漏らした。
「これは、普通のニログナの鱗とは比にならない大きさ……それに貴石を含んでいる。
こ、この鱗は一体どうやって? まさか、上位種だったのですか!?」
テレバーは驚きのあまり興奮したのか、物凄い剣幕でリエティールに詰め寄ってそう尋ねた。その気迫に圧され、リエティールが引き気味に頷くと、彼ははっとして、咳払いをして席に落ち着いた。
「いや、すみません。 あまりにも予想外でしたので……。
ここまで大きな鱗は今まで見たことがありません。 それに、貴石を含んだニログナの鱗は大変希少価値が高く、これはかなり貴重なものです」
「そ、そんなにですか?」
リエティールは、まさか籠の底に敷かれていた鱗に、綺麗ということ以上の価値があるとは思っても見なかったので、テレバーとは違った意味で驚いていた。
「ええ、ニログナは貴石をあまり好んで食べません。 脆いためでしょう。 そのためこうして鱗になることはかなり珍しいことです。
しかもニログナが食べた貴石は、魔力の影響を受けるためか、かなり純度が高く美しいのです。 それだけで貴石としての価値も高くなります。
さらに上位種のものとなれば……」
そう熱く語られ、リエティールも嫌でもそれがどれ程価値のあるものかということがわかった。
「あの、もしよろしければ、これを買い取らせていただいても……? 勿論、ドライグで売るよりも高い値段をつけることを約束します」
是非!とテレバーはそう言うが、リエティールは困った顔をして、その首を横に振った。
「ごめんなさい。 それは……一緒に戦った人から貰った思い出の物なので……売れません」
その答えに、テレバーは心から残念そうにしながらも、
「そうですか……。 ですが、大切なものであるのならば、仕方ありませんね……」
と大人しく引き下がり、鱗を布に包んでリエティールに返してきた。
「いいんですか?」
てっきり暫く食い下がられるものだと思っていたリエティールがそう尋ねると、彼は苦笑を浮かべ、
「人から思い出の品を無理に買い取るのは後味がよくないですから。 私もやられたら悲しいですからね……」
と答えた。恐らく彼は、過去に思い出の品を手放してしまったことがあるのだろう。
彼の苦い笑みを見て、リエティールはそう察し「ありがとうございます」と言い、鱗と命玉を片付けた。




