174.初めての海
新鮮な海の幸に舌鼓を打って店を出たリエティールは、ふと道端に大量のある物体が入った箱があるのを見つける。石のようだが、その形は変わっており、螺旋を描く三角錐のようで、中身が空洞になっている。
「どうしたの?」
リエティールが不思議がってそれを見ていると、通りすがりの女性が声をかけてきた。その声に振り返り、リエティールは謎の物体を指差して尋ねる。
「これ、なんですか?」
そう聞かれて、女性はリエティールが見ている物の存在に気がつく。
「ああ、それはナブルトっていう貝の殻だよ。 中身は食用で人気があるんだ。
それで、この殻は灰にして肥料にして売ったり、形を気に入った人がお土産にしたりするんだよ」
「へぇー……」
そう言われて、リエティールは改めて貝の殻を見る。色合いや質感は石のようで、無骨で地味な印象だが、面白い形をしており、内側はつるつると光沢を持っているのを見ると、確かに記念品にはなるかもしれないと思わせる。
「気に入ったんなら、土産物を売ってる店に行ってみたらどう? この辺りには何軒かあるし、それ以外にももっとかわいい種類とかがあるから。
海岸に下りて自分で探してみる、っていう方法もあるよ」
リエティールが貝殻を気に入ったことがわかったのか、女性はそう付け加えた。
女性の言葉に感謝して別れ、リエティールは早速近くにある店へ寄ってみることにした。女性が言っていた通り、店には先程の物以外にも、色が鮮やかでかわいらしい形をしたものや、砂浜の砂に小さな貝のようなものが入った小瓶なども売られていた。
色々な店を見て回っていると、それまでとは少し雰囲気の違う店に辿り着いた。よく見てみると、土産物を取り扱う店ではなく、海で役立つ道具を売っている店のようであった。
(海竜には一人で会いに行かなきゃ行けないし、こういう道具も持っていたほうがいいのかな?)
そう考えながら店内に並んだ道具を見てみるが、今まで見たことの無いような物ばかりであり、リエティールにはどれがどのように役立つものなのか全く見当がつかなかった。
手近にあった小さな道具を持ち上げて、くるくると回してみる。円形をしたそれは、何かの記号らしい文字が書かれており、その中心に細長いひし形のパーツが取り付けられている。
「それは羅針盤だ」
不意にそう声をかけられ、リエティールは驚いて振り返った。そこには少し歳のいった見た目の男性が立っていた。店の名前が入った服を着ており、この店で働いている人物であることはすぐにわかった。
「さもっく、ですか? 何に使う道具なんですか?」
名前を教えられてもリエティールにはピンと来ない。
尋ねられた男性は、近くに置いてあった紙を手にとると、それを広げて近場の陳列台の平らな部分に置く。そしてリエティールに羅針盤を手渡すように態度で示す。
リエティールは羅針盤を手渡し、近くに寄ってその手元を覗き込む。紙には地形らしきものが描かれており、それが線で等間隔に区切られており、細かな記号が沢山書き込まれていた。そしてその中には、羅針盤に描かれていたものと同じ記号も載っていた。
「これは海の地図、海図だ。 それで、こいつを使って方角を調べる。
この針は常に同じ方向を指す。 これを見れば今進んでいる向きがわかる」
そう言いながら男性が羅針盤を回すと、針だけが動かずにそのままの状態を保つ。それを見たリエティールは小さく感嘆の声を漏らし、これは持っていたほうがいいと考えた。
(海の上で迷子になったら、なんて考えてなかった……。 どうやって行こうかも決めてなかったけど、これがあれば海の上を一人で移動しても大丈夫かも)
「あの、これください!」
リエティールがそう言うと、今までずっと無表情だった男性がピクリ、と眉を動かした。それから彼女の顔をじっと見て、
「構わんが、買えるのか? これは値が張る」
と言う。そう言われて彼女が値段を見ると、そこには良い食事が満足するまで食べられそうな金額が書かれていた。
内心焦ったリエティールであったが、決して買えない金額ではない。何より、海の上でひとり迷子になるくらいなら、多少無理をしてでも買っておいた方がいいだろうと判断した。
「はい、大丈夫です。 お願いします」
リエティールのその言葉に、冷やかしでは無いと判断したのか、男性は静かに「わかった」と言って、羅針盤と海図を持ってカウンターへと向かう。
無事に会計を済ませ、リエティールは男性にお礼を言って店を出た。買った羅針盤と海図は、鞄の中に丁寧に入れる、フリをして空間の中に仕舞いこんだ。
その後、リエティールは海の方へと下り、砂浜に降りた。結局土産物の類を買わなかったため、自分で何か記念になるものを拾うことにしたのだ。
ザザーン、と音を立てて寄せては返す波を見て、リエティールはその迫力に昂り、波打ち際に駆け寄った。夢中になっていたところに少し強めの波が来て足に思いっきり掛かり、驚いて離れて確認したが、どうやら水が滲みこむ前に表面が凍って防いでくれていたらしく、濡れずに済んでいた。
一度そうなってからは、波打ち際には近寄らず、砂の乾いた場所で貝殻を探すことに専念し、最終的に片手の掌一杯に、小さな貝殻を拾い集めていた。




