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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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173.海の香り

 ぼうっとフコアックに揺られて暫く、開けられた小さな窓から不意に吹き込んできた風の匂いにリエティールは顔を上げた。

 草の匂いとも土の匂いとも違うそれに興味を引かれ、窓の外を覗いてみると、その向こうに見えた景色にリエティールは思わず感嘆の声を漏らした。


「うわぁ……」


 丘の向こう、広がる港町の建物の並ぶ更に先に広がる、広大な海。陽の光を受けて眩しいほどに煌いているその様子は、海を初めて見る彼女にとって感動を覚える景色であった。吹いてくる風はこの海の香りを運んできていたのだ。


「お、嬢ちゃん、もしかして海を見るのは初めてか?」


 隣に座っていた日焼けた肌の男性が、海を見て目を輝かせているリエティールにそう声をかける。その声に振り返って、リエティールは興奮を抑えきれないと言った様子で首を縦に振り肯定した。

 そんな彼女の振舞いに、男性は人の良さそうな笑みを浮かべて「そうかそうか」と愉快そうに言った。


「俺も嬢ちゃんくらいの歳に、親父に連れられて初めて港町に行ったんだ。

 親父は貿易商でな、変わったものをいつも持って帰ってくる親父に憧れて、早く俺も貿易商になりたいと、小さい頃から口にしていたもんでさぁ。 誕生日に仕事の手伝いをさせてやるって言って、フコアックの荷台に乗せられて行ったんだ。

 いやあ、嬢ちゃんの事を見て、そんな昔のことを思い出しちまったなぁ」


 はっはっは、と笑う男性に、リエティールはこう尋ねた。


「じゃあ、おじさんは貿易商の人なんですか?」


「いんや。 俺は船の雇われエルトネだよ。 船に乗って海の魔操種シガムから守るのが仕事さ。

 仕事の手伝いに言ったとき、船の上で戦うエルトネの姿に心を打たれてな、一瞬で夢が変わったってもんさ」


 男性はそういうと、自分の横に立てかけていた武器を持ち上げてみせる。それまでは陰になっていて見えなかったが、それはやや長めの剣であった。


「海の中に煙は届けられないせいで魔操種避けが効かないもんで、船に襲い掛かってくることも少なくないんでさ、俺みたいなエルトネが乗っている必要があるんだ。 飛び掛ってきた魔操種はこいつでグサッと刺してやるんだよ。

 ……ん、そういやお前さんも槍を持ってるみたいだが……もしかしてエルトネなのか?」


 そう尋ねられ、リエティールが頷くと、彼は「へぇー!」と声を上げて驚いた。


「まだ小さいのに、立派なもんだなぁ! 俺は嬢ちゃんくらいの頃は、かあちゃんが危なっかしいって言って、ナイフすら持たせてもらえんかったんだ」


 そう言って男性は少し恥ずかしそうに笑う。そんな彼の様子に、リエティールも釣られて小さく笑った。


「そうそう、港町が初めてなら、新鮮な海の幸を食べたこともまだないだろう? 獲れたてのフシフはそりゃあ美味いから、絶対に食べた方がいい!

 何といっても、港町でしか生の魚は食べられないから、絶対に試した方がいいぞ!」


 男性はそうして港町の良い所を熱弁し始める。リエティールもまた、港町に対して高い興味を持っていたため、それを嫌がることなく真剣に聞き入る。

 そうして魅力を熱弁されているうちに、フコアックはいよいよ港町に到着した。


「お、もう着いたのか。 いや、今日は嬢ちゃんと話せて楽しかったよ!」


「こちらこそ、沢山お話が聞けて楽しかったです。 さようなら!」


 フコアックから降りて男性と別れ、リエティールはあたりをキョロキョロと見回す。そして港町の案内所を見つけ、先程の男性にオススメされた食堂のある詳しい場所を尋ねる。

 食堂へ行くまでの道のりも、港町の雰囲気にリエティールの心は高鳴っていた。王都が上品な活気に満ちているというならば、こちらはどこか荒削りな、それでいて無秩序ではない、明るい活気に満ちているといえるだろう。吹き抜けていく海風も、その雰囲気を作り出すのに一役買っている。


 目的の食堂に着き、リエティールはわくわくしながらその店を見つめた。停留所から更に海に近付いたため、建物の合間から見える海がとても近く感じられた。


「いらっしゃいませ!」


 入り口を潜ると、すぐに威勢のいい声でそう言われ、丁度空いたばかりだと海に近い窓際の席へと案内される。窓の外は小さな崖の様になっていて、視界を遮るものは無く、一面に広がる海が見渡せた。

 男性に薦められたセットメニューを注文し、リエティールは暫し窓の外の景色に見惚れた。港には幾つもの船が泊まっており、沖のほうには出港しているものらしき影が小さく見える。

 どこまでも続いているように見えるその果てに大陸があるのかと思うと、まるで夢のようで期待に胸が膨らんだ。


(それに、あの海の真ん中には、海竜リム・ノガードがいるんだ……)


 海の中央にあるといわれている海竜の禁足地オバト。大陸に渡る前にまずはそこに向かう必要がある。

 そこへ向かうための方法も、出発する前にしっかり考えなければ、とリエティールは思い出し、どうしようかと悩む。

 そうこうしている内に注文していた食事が届けられた。


「おまちどおさま! 海の幸定食です。

 こちらが今朝獲れたばかりの魚をふんだんにつかったオイカプラで、こちらがレフスのプオです。 焼きたてのパンと一緒にどうぞお召し上がりください」


 目の前に並んだ料理に、リエティールは目を輝かせた。オイカプラは綺麗に盛り付けられた魚にソースがかけられたもので、見た目がとても綺麗な料理である。プオは貝を煮込んだもので、海と同じ香りがする。パンもまた芳ばしい香りを漂わせており、食欲をそそる。

 フコアックに乗っている間に、デッガーに渡されたヒドゥナスを一つ食べてはいたが、昼も過ぎた時間であったため空腹感はまだあったというのもあり、リエティールはあっという間にそれらを綺麗に平らげ、満足げな笑顔を浮かべるのであった。

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